小説「サークル○サークル」01-384. 「加速」

「セックスレスが原因で浮気を始めたのか、浮気をしていたからセックスレスになったのか、考えれば考えるほど、ドツボにハマるっていうかさ。私は別れさせ屋だし、別にそんなこと考える必要はないんだけど、時々思っちゃうんだよね。私のしてることって正しいのかなぁって。お金をもらって、成立している仕事だし、必要ともされているのはわかっているんだけど、どちらかに有益に働いているだけで、良いとか悪いとかって基準で考えるのだとするならば、もしかしたら、悪い方に加担してしまっている可能性もあるわけでしょう?」
「浮気をする原因を作ったのが依頼者だった場合ってこと?」
「そう。または自分も浮気をしている場合とかね」
「あまり考え過ぎない方がいいんじゃない? 必要とされている、仕事として成立している、それだけじゃ不満?」
「不満っていうか、なんだかもやもやしちゃって」
 アスカはそう言って、残っていたワインを一気に飲み干した。アスカの白い首が上下するのを見ながら、シンゴは自分の仕事について考えていた。

小説「サークル○サークル」01-383. 「加速」

「私は別にやんわり言ってほしいなんて思ってないの。むしろ、その逆よ。はっきりきっぱり言われた方が安心するの」
 アスカは言いながら、グラスに口をつける。かなりのハイペースでアスカは飲んでいた。つまみなどほとんど口にしていない。
 シンゴはカットチーズを口に運んだ。答えるのに詰まった時は食べるのに限る。もぐもぐと口を動かしている時は単なる時間稼ぎだ。シンゴは咀嚼しながら、自分の頭の中で話すことを組み立てる。
「わかった。じゃあ、はっきり言うよ。男女の関係において、セックスの重要性は半分から三分の二を占めるんじゃないかと思うよ。セックスのない関係で良いのであれば、友達でいいんだからね」
「男女間の友情は成立する、とした場合はでしょ?」
「アスカは成立しないと思ってる?」
「そうね。絶対ないとは言い切れないけど、ほとんどの場合が無理だと思うわ」
 だとしたら、セックスのない関係は知り合い程度ってことなのかな、とシンゴは思ったけれど、敢えて口にはしなかった。今はそこを掘り下げるべき時じゃないな、と思ったからだ。

小説「サークル○サークル」01-382. 「加速」

「何……?」
 黙ったまま、自分をじっと見据えるアスカにシンゴは困ったように訊いた。
「そう言えば、シンゴの嗜好を知らないなぁ、と思って」
「あははは、今はいいよ。僕のことは」
 シンゴは笑いながらも、話を元に戻そうとする。まだシンゴは酔っ払っていない。そんな時にセキララに話すなんて芸当は出来そうになかった。
「セックスだけが全てなのかしら?」
 ワインを水のように飲みながら言うアスはの空になったグラスに、シンゴはワインを注いだ。
「セックスは全てではないと思うけれど、肝心なものではあるとは思うよ」
「……」
「どうかした?」
 アスカが少しムッとしているような気がして、シンゴは彼女を恐る恐る見る。
「なんだか言葉を選んで喋っているような気がして」
「僕が?」
「そう。作家だからかなぁ……。なんだか、遠回しな言葉を言われている気がするのよ」
「そんなつもりはないんだけど……」
 シンゴは苦笑しながら否定する。さすが、別れさせ屋だけあって、人をよく見てるなぁ、と思った。

小説「サークル○サークル」01-381. 「加速」

「どうして、浮気をするのかしら?」
 アスカはなんの脈絡もなく言った。
「それはパートナーにない魅力が別の人にあるからじゃない?」
「でも、そんな人、たくさんいるでしょう?」
「僕が言ったことは大前提で、その上で性的な魅力があるからじゃないのかな」
「セックスしたいってこと?」
 単刀直入なアスカの言葉にシンゴは思わず苦笑した。ぼかした言い方をしないところを見ると、アスカはすでに随分と酔っ払っているように見える。
「そうなるね。男女の関係になりたいと思う、という部分が浮気では占めるウエイトが大きいと思うよ」
「どうして、パートナーじゃダメなのかしら?」
「よく言うマンネリの場合もあるだろうし、そもそも、パートナーとのセックスに満足していない場合もあるだろうね」
「最初から相性が良くないってこと?」
「そう。どちらかが我慢している。様々な嗜好があるけれど、食べ物のようにその嗜好を簡単に伝えられるっていうわけでもないだろう? だから、どちらかに我慢が生じる」
「確かに……」
 そう言って、アスカはシンゴの顔をじっと見た。

小説「サークル○サークル」01-380. 「加速」

「男と女ってわからないわよね」
 アスカはワイングラスを片手にぼやいた。
「思考回路が全く違うんだから、当たり前じゃない?」
 シンゴは料理を運びながら言う。
「当たり前ねぇ」
 アスカはシンゴの言葉に頷きながら、グラスに入っていたワインを一気に飲み干した。
 シンゴは全ての料理を運び終えると、自分も席に着く。
「乾杯」
 シンゴのグラスにアスカはグラスをあてた。
 シンゴは一口ワインを飲むと、チーズを口にする。
 今日のアスカはいつもと違うな、とシンゴは思っていた。
 不思議なもので、毎日一緒にいると些細な変化にも気が付く。
 きっと仕事のことでまた悩んでいるのだろう。
 シンゴが聞き出すことも出来はしたが、アスカが自分で何か言い出すまで待とうと思っていた。
 なんでも聞けばいいと言うものでもない。
「ワインまだあるよね?」
「ああ、あと三本は」
「良かった」
 ほとんど空になっているワインボトルを持ち上げながら、アスカは嬉しそうに微笑んだ。
 そんなアスカを見ながら、シンゴは今日はとことんアスカに付き合おうと思っていた。


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