小説「サークル○サークル」01-361~01-370「加速」まとめ読み

「でも、私が探偵に監視されていて、私が彼女とターゲットを別れさせたってわかったとしても、普通、私に依頼しないんじゃない?」
「普通はね」
「依頼者が普通じゃないってこと?」
「君に依頼している時点で普通ではないと思うよ。彼女が君に依頼した考えられる理由は二つ。一つ目は君の別れさせ屋の能力を認めていて、この人なら確実に別れさせてくれるだろう、と思ったから。二つ目は、君に復讐したいから」
「復讐!?」
シンゴの言葉にアスカは驚きのあまり大きな声を出す。思わず、アスカは自分の口を竜手で塞いだ。
「復讐ってどういうことよ」
「そのままの意味さ」
「でも、私に依頼している時点でなんの復讐にもなってないんじゃ……」
「そうかな? 君がこの依頼を失敗したら、報酬はどうなる?」
「もらえないわよ。こっちに過失がある場合は前払い金も返金することになってる」
「それって経営に響くと思わない?」
「そりゃ、響くけど……」
シンゴの言葉にアスカは口をへの字に曲げた。

「でも、それだけ? たったそれだけの為に私に依頼するかしら?」
「すると思うよ。お金もかけずに、旦那の浮気の決定的な証拠を集められるし、一石二鳥だと思わない?」
「旦那の不貞行為が原因で離婚。そして、不倫相手と再婚して、子どもを産む……」
「そういうこと。依頼者は慰謝料もらい、新しい幸せも手に入れることが出来る」
「怖い女……」
「でも、今、君が相対しているのは、そういう人なんだよ」
「手強そうね……」
「そうだね。とても不利な状況に置かれていると思うよ」
アスカはシンゴの言葉に何も言わずに立ち上がると、キッチンへと向かう。シンゴはそんなアスカの姿を何も言わずにじっと見ていた。
アスカは食器棚から二つワイングラスを取り出すと、冷蔵庫で冷やしていた赤ワインを注いだ。
無言のまま、アスカは赤ワインの注がれたワイングラスを持って、シンゴのところへ戻ってきた。
「はい、シンゴも飲むでしょ」
「ああ、ありがとう」
シンゴは笑いながら、アスカからワイングラスを受け取った。

「飲まなきゃやってられないわ」
アスカはそう言うと、まるで水でも飲むかのように勢いよく、赤ワインを喉に流し込む。
「そんな飲み方したら、すぐ酔っちゃうよ」
「いいのよ、酔いたい気分なんだもの」
「これから、どうするの?」
シンゴはほんの少し、グラスに口をつけて言った。視線の先にはふくれっ面のアスカがいた。
「どうするも何も……。ターゲットとレナは別れさせるわよ」
「それが君の仕事だもんね。でも、ターゲットにはバレているんだろう?」
「そう。そうなのよ。でも、話し合えばどうにかなるかな……」
「ホントに?」
「ホント。他にも浮気相手がいるっていうことは、依頼者に言わないからっていう交換条件で別れてもらうつもり」
「それをターゲットが飲むと思う?」
「飲ませるのよ。私がちゃーんと報酬をもらえるようにする為にはそれしかないもの。それに第一、別の浮気相手がいることを依頼者に告げなきゃいけいない義務はないわ」
「なるほどね」
シンゴが二口目を飲むころには、アスカのグラスは空になっていた。

シンゴはべろべろに酔ったアスカを寝室に運ぶと、ソファに腰をかけ、テレビを観ていた。夜中のハイテンションなバラエティ番組はシンゴの重たい気持ちをほんの少し軽くしてくれる。
けれど、シンゴはテレビを観ながらも、アスカのことを考えていた。
漸く、ターゲットからアスカが離れたと思っていたのに、また接触をするという。ターゲットはアスカの提示する条件を飲むだろうか。アスカ自体を求めてきたりはしないだろうか。考えれば考えるほど、嫌な考えが脳裏を過っては消えていった。
そう言えば……とシンゴはユウキのことを思い出す。ユウキはどうしているのだろう。アスカがこんなに苦戦をしていられているということは、ユウキはレナとターゲットを別れさせることに成功していないということだ。
シンゴは自分がどう立ち回るべきか、アスカになんとアドバイスするべきかを悩んでいた。
ターゲットは強敵だ。いろんな女を相手にしてきて、女には慣れているし、自分がどうすれば、良いかを考えられるだけの頭の良さも持ち合わせているのは明らかだった。

でも、僕は作家だし、想像力に関しては、ターゲットよりも優れているはずだ、とシンゴは思う。どんな手段でターゲットが切り返して来ようとも、太刀打ち出来るだけのアイデアを出せるはずだとも思っていた。
問題はアスカがどういう選択をするか、だ。
シンゴは不安だった。
アスカはターゲットに心を奪われかけていた時期がある。もし、もう一度、ターゲットがアスカに好意を寄せたとしたら、アスカはターゲットの方に転がってしまうかもしれない。
だったら……とシンゴは思う。だったら、シンゴがアスカのブレーンになればいいのだ。
相手は男だ。女のアスカより同じ男の自分の方が戦うには適している、とシンゴは思った。
シンゴはテレビを消すと、書斎へと向かう。
眠たさを感じながらも、シンゴはシミュレーションを繰り返し、まとまったアイデアは忘れないようにデータとして残していく。
シンゴは自分がアスカのことでこんなにも真剣になるとは思ってもみなかった。

翌朝、アスカが起きてくると、すでにシンゴが朝食を作っているところだった。
「おはよう」
「あ、おはよう。ゆっくり眠れた?」
「うん……少し、頭がガンガンするけど……」
「そう思って、今日は和食にしたよ」
シンゴに言われて、アスカがテーブルに視線を向けると、そこには焼き魚やのりなどが並べられていた。
「今、お味噌汁とごはん入れるから、座ってて」
「うん……」
アスカはぼーっとしながら、焼き魚を見つめていた。昨日のことが上手く思い出せない。
「はい、お待たせ」
アスカがぼーとしてる間にも、シンゴはテキパキと動き、ごはんと味噌汁をよそって、席についた。
「いただきます」と二人は声に出し、同時に味噌汁に手を伸ばした。
アスカはまだ頭がぼーっとしているようで、何もしゃべらない。シンゴもアスカのことを思って、敢えて何も話さなかった。
無言のまま、食事が終わり、アスカが後片付けをしている間にシンゴは書斎へ戻った。
書斎から出てきたシンゴの手には数枚の紙があった。

「はい、これ」
シンゴはアスカに数枚の紙を手渡した。
「何……?」
アスカは何を手渡されたのかわからず、怪訝な顔をする。しかし、手に取った紙に視線を落とし、「これって……」と驚きの表情へと変わった。
「ターゲットとの会話でアスカが有利に話を展開出来るようなシュミレーションをしてみたんだ」
「すごい……。昨日の夜、これを?」
「まぁね」
アスカは一通り、目を通すと、シンゴの瞳をしっかりと見据える。
「シンゴ、本当にありがとう」
アスカは心底嬉しそうに言った。彼女の瞳にはシンゴへの尊敬と感謝がたたえられているようだった。
「じゃあ、早速、今日の夜、バーに行ってみるわ」
アスカはそう言うと、にっこりと微笑む。
その微笑みにシンゴは若干の不安を感じずにはいられなかった。
ターゲットとアスカとの間に何かが起こるとは思っていない。けれど、可能性はいつだって、ゼロではないのだ。
シンゴはもやもやとした気持ちを抱えたまま、微笑むアスカに微笑み返した。

「隣いいかしら?」
アスカの声にヒサシははっとして、声の聞こえた方を見た。
「君か」
「お久しぶりね」
「ああ、そうだね」
アスカはオーダーを聞きに来た店員にシャンディーガフを頼む。すると、すぐにお通しのスープとおしぼりが運ばれて来た。
「君がここに来たということは、何か用があるってことだろう?」
「その通りよ」
「レナのことを諦める気になってくれた?」
「まさか。私は別れさせ屋よ。一度請けた依頼は必ず完遂するわ」
「それじゃあ、俺の立場としては困ることだらけだ」
「どうして? 他にも女の子はいっぱいいるんでしょう?」
「いっぱいいることと、レナを手放すことは意味が違う」
「どう違うのかしら?」
「角度かな」
「角度?」
眉間に皺を寄せ、ヒサシを見るアスカにヒサシは微笑んだ。
「そう。物の見方の角度」
アスカはヒサシは何を言っているのだろう、と思った。アスカがそんなことを思っている間に、アスカの前にシャンディーガフが運ばれて来た。

「取り敢えず、乾杯」
ヒサシがグラスを持つと、アスカもグラスを持った。
どこか腑に落ちない表情のまま、アスカはヒサシとグラスを交わす。
シャンディーガフがアスカの喉を勢いよく流れていった。
「レナをいっぱいいる中の一人として見るのか、レナをたった一人しかいない人として見るのかで、大きく変わるだろう?」
「それはそうだけど……。どんなものでも、そういった見方をすることは出来るわ」
「その通り。だから、俺はたった一人しかいない人として、レナを見ることも出来るし、いっぱいいる中での一人という見方も出来る。本命ではないと考える時はいっぱいいる中の一人だし、手放したくないと考える時は、たった一人しかいない人になる」
「なるほどね……」
アスカはシンゴから言われていた相槌を打つ。さも理解、納得しているような「なるほど」という言葉を使いながら、次の切り替えしを考える、という方法だった。反射的に答えるよりは、慎重に答えた方がいいとも、あの紙には書かれてあった。

アスカは頭をフル回転させて、次の言葉を探していた。
「でも、常にどちらか都合の良い方で考える、というのは、あまりにも虫が良すぎない?」
「そうだね。そう言われても仕方ない」
「女はたった一人、と言われるのにとても弱いわ。だから、つい都合の良い女に成り下がってしまうの。あなたはたくさんの女性を都合よく使っているだけじゃない?」
「手厳しいなぁ」
アスカの鋭い言葉にもヒサシは余裕の表情を浮かべ、笑っている。
この男のすごいところは、どんな言葉をアスカが口にしても、動じないところだ。
「でも、都合の良い女が嫌なら、やめればいいだろう?」
ヒサシはさも当然と言ったように言った。
「それは男性本位の考え方だわ。やめられないように言葉巧みにあなたが囲っているのでしょう?」
ヒサシは黙ってグラスを傾ける。アスカになんて返すべきか思案しているのだろう。アスカは次に切り出す言葉を考えていた。
今、この時間がアスカは今回の案件で一番頭の使う時間のような気がしていた。

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