小説「サークル○サークル」01-298. 「加速」

「なんだか和気藹々としてますよね……」
「表情がころころ変わって、どんな話をしているのか、どういった結果になっているのか……。確かにわかりづらいね」
シンゴは飲みながら、アスカとレナの様子を見ていた。
きっと話は終わったのだろう、とアスカの顔を見て思う。けれど、ユウキには敢えて何も言わなかった。シンゴにとっては、これからが本番なのだ。時間が過ぎていくに従って、落ち着かない気持ちをユウキに悟られまいとするので精一杯だった。
「この後、レナが奥さんと別れたら、レナの後をつけようと思います」
「不倫相手と会うかもしれないから?」
「はい……。もし会っていたら、止めようと思うんです」
「それはやめた方がいいよ」
「えっ……」
ユウキはシンゴの言葉に驚き、グラスを持とうとした手を止めた。
「どうしてですか?」
「もし、今日、彼女が不倫相手と会ったなら、それは別れ話をする為だからだよ」
「でも……」
「折角の別れ話の機会を自分で潰してしまっていいの?」
「それは……」
「アスカは必ず彼女と不倫相手を別れさせてくれるから、心配はいらないよ」
シンゴの言葉にユウキは驚いていた。

小説「サークル○サークル」01-297. 「加速」

「時間が解決してくれるなら、私も立ち直れるんでしょうか……」
「ええ、あなたにしっかり覚悟があるなら大丈夫なはずよ」
「私、頑張ってみます。彼に、さよならを……言ってきます」
「彼とちゃんと別れられたら、飲みに行きましょう」
「えっ……」
「新しいスタートを切るんだもの。お祝いが必要だわ」
「アスカさん……」
レナは瞳を潤ませて、アスカを見た。アスカは穏やかに微笑み、レナを見据える。
「彼と別れたら、アスカさんに連絡しますね」
「ええ、連絡待ってるわ」
アスカは通りすがりの店員を呼び止めると、ドリンクを頼み、レナは追加で料理を頼んだ。
さっきまでの胸の閊えが嘘のようにレナは楽しそうにアスカと他愛ない話をし始める。
これからのことをレナはどう考えているのだろうか。アスカは少しの不安と心配を持ちながら、レナを見ていた。
彼女を受け止める誰かがいればいい。けれど、もしいないのだとしたら、自分が受け止める誰かになろう、とアスカは決めていた。仕事でレナと接触しただけなのだから、そんなことをする必要は全くない。しかし、アスカには真っ直ぐなレナを放っておくことなど出来なかった。

小説「サークル○サークル」01-296. 「加速」

「……」
レナはアスカの言葉を聞いて、胸がいっぱいになってしまったのか、涙ぐみながら、その涙を零さないように天井を見上げた。
「だけどね、そういった不安って、不倫をやめようとしているから感じるものかしら?」
「え……?」
「どんな恋愛も終わりに向かっている時はそういった不安を感じるんじゃない? そうした不安に耐えたり、時に飲みこまれたりしながら、それを乗り越えられた時に新しい恋愛をするんだと、私は思うな」
アスカはそこまで言うと、にっこり微笑んで、レナを見た。
レナはまだ少し驚いたような表情でアスカを見ている。その表情はアスカの言ったことを理解することだけで精いっぱいのように見えた。
「だから、あなたが感じている不安は、不倫から来る不安ではないと思うの」
「……確かにアスカさんの言う通りかもしれないですね……」
「きっと大丈夫よ。別れた時は寂しくても、時間が癒してくれるはずだわ」
アスカは月並みなセリフだと思いながらも、それ以上の気の利いた言葉を思いつくことも出来ずに言った。

小説「サークル○サークル」01-295. 「加速」

レナはしばらく俯いた後、しっかりと顔を上げた。
「私……別れた方がいいかなって……そう思ってるんです」
レナは泣き出しそうなのを堪えながら、切れ切れに言葉を紡ぐ。
「そう……。よく考えたわね……」
アスカは内心ガッツポーズを取っていたものの、表面的にはレナに同情するような素振りを見せていた。
これでレナがヒサシと切れてくれれば、アスカの仕事は無事終わる。マキコの依頼は完遂出来たことになる。
「アスカさんと話をしていて、元々、自分でも不倫なんて良くないなって思ってたから……。だから、私……やめようかなって……」
アスカはレナの話を静かに聞いていた。
「だけど、私、彼がいなくなってしまったら……って思うと怖くて……」
「わかるわ」
アスカは間髪入れずに言った。レナは少し驚いたようにアスカを見る。
「彼がいなくなってしまうことで、自分が壊れてしまうような、そんな不安……。それから、どんな素敵なことがあっても嬉しいとか幸せだとか思えないんじゃないかっていう不安……。いろんな不安が心の中に渦巻くのよね」
アスカは視線をテーブルの上へと落とした。

小説「サークル○サークル」01-294. 「加速」

「何、話してるんでしょうね?」
ユウキはアスカとレナをちらちら見ながら言う。レナは俯き、アスカは両肘をテーブルにつけて、レナを心配そうに見ていた。
「核心に触れる話……かな」
「……そうかもしれませんね」
シンゴは早く切り込んだな、と思ったけれど、二人のあの様子を見ていると、核心に触れていると考えるのが妥当だとも思った。
「レナは……別れるんでしょうか……」
ユウキは下を向き、つぶやくように言った。
「別れると思うよ。アスカは別れさせるのが仕事だから」
「でも……俺がいくら言っても、レナは不倫相手と別れなかったんですよ……」
「だから、プロが別れさせようとしているんじゃないか」
「……」
「アスカは何があっても、別れさせるつもりだよ。相手の奥さんのこともあるし」
「そうですよね……。でも……」
ユウキは言いかけてやめた。シンゴは「でも、シンゴさんの奥さんはその不倫相手と浮気してるんですよね?」という言葉が続くとわかっていた。けれど、シンゴはそのことに敢えて触れなかった。


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