小説「サークル○サークル」01-226. 「加速」

ヒサシの周りにいる他の女と全て別れさせ、自分だけを見てもらいたい。そんな気持ちがアスカの心の片隅にはあった。
それはしたたかな独占欲だ。そして、別れさせ屋として、他の女と別れさせた後、そのしたたかな独占欲は更に強くなり、マキコとも別れさせたくなるだろう。
愛情と似て非なる独占欲はたちが悪い。アスカは映画を観ながらそう思った。
映画も中盤に差し掛かり、女同士の闘いが熾烈さを増していく。
実際にこういった闘いはあるのだろうけれど、現実には静かな闘いの方が多い。たとえば、別れさせ屋に依頼するとか、探偵に依頼するとかして、自分は直接手を下さないのだ。
直接手を下さないことにより、夫婦関係に表立った亀裂は入らない。気が付けば、夫は自分の元に戻って来て、再び穏やかな生活を何事もなかったように手に入れられる。
でも、それは結局、表向きには、というだけの話だ。波風を立てない解決は、大きく自分から色々なものを奪ったりしないけれど、心の奥底にどす黒い何かを置いて行く。

小説「サークル○サークル」01-225. 「加速」

本能で浮気をするのだとしても、少しは申し訳なさそうにしてもらいたいのだ。本心でどう思っているかはこの際問わない。少なくとも、自分の目には後悔していたり、反省していたりしているように映るように振る舞ってほしいのだ。
けれど、映画の中の男にはそれがない。
フィクションだとわかっているけれど、アスカは沸々と沸きあがる怒りを抑えることが出来なかった。それはきっと、ヒサシの態度とその男の態度が重なっているからだろう。
よくよく考えると、ヒサシはとんでもない男だ。妻がいながら、レナという愛人を作り、本命の愛人以外にもたくさんの女と簡単に寝てしまう。
なのに、アスカはそんな男に想いを寄せてしまったのだ。愚かだ。自分を心底バカだと思った。
それでも、どこかでまだヒサシを求めてしまっている自分にアスカはうんざりしていた。
レナとヒサシを別れさせるのは、別れさせ屋の仕事としてだったけれど、どこかで自分の為でもあるような気さえしていた。

小説「サークル○サークル」01-224. 「加速」

アスカは映画の話が進むにつれて、憂鬱な気分になった。なぜなら、不倫をしている男女の三角関係のストーリーだったからだ。洋画だったので、なんだか少し遠い世界の物語のような気がしたのがせめてもの救いだった。
アスカはつい浮気をされている妻ではなく、浮気相手に感情移入してしまう。それは自分とその女とを重ね合わせて見てしまっているからだ。
レナを横目で見遣ると、真剣な眼差しをスクリーンに向けているのがわかった。
なんたが当てつけみたいね……とアスカは内心思ったが、映画に夢中になっているレナを見て、まぁ、いいか、という気持ちになった。
映画の中で妻は言う。いかに不倫で低俗で野蛮なのかを。けれど、不倫をしている女は言う。いかに不倫が魅力的でスリリングかを。二人の会話は平行線を辿る。男はそれを遠くから見ているだけだ。
そうだ。男はいつだってずるい。
アスカの気持ちはそこへ辿り着く。一度に二人の女性を愛してしまうのは仕方のないことなのかもしれない。それが男の本能なのだというのならば、女は諦めるしかないのかもしれない。
だからと言って、自分のやっていることを全て正当化しようとするその態度にアスカは次第に腹が立っていた。

小説「サークル○サークル」 01-223. 「加速」

アスカは三本目の煙草の火を消すと立ち上がり、コートを着た。レナと約束している時間が迫ってきていたのだ。
事務所を後にすると、アスカは映画館へと向かった。

映画館の前に行くと、すでにレナは映画館に立っていた。
「ごめんなさい。待った?」
アスカの言葉にレナは顔を上げ、首を左右に振った。
「いえ、私もさっき来たところですから」
レナはそう言って、微笑む。
「それなら良かった。中に入りましょうか」
アスカとレナは映画館の中へと足を踏み入れた。

ペアチケットを座席指定のチケットに交換して映画館の中に入ると、ポップコーンを持っている客が幾人か見受けられた。その姿を見て、アスカはレナの働いているカフェでホワイトモカを飲んだだけで、朝から何も食べていないことに気が付いた。
ポップコーンを買えば良かったな、と思いながら、座席に着いた。
ふとレナのことが気になって、ちらりと視線を向けると、少し緊張した面持ちで前を見据えている。アスカもスクリーンに目を遣った。

小説「サークル○サークル」01-222. 「加速」

確かに恋人はアスカより、数歳上で大手企業に勤めるエリートサラリーマンだったから、彼の収入だけで十分生活していくことは出来たし、彼の仕事の忙しさを考えると、家庭に入り、彼を支えるのが一番良い方法だとも思えた。
けれど、アスカは家庭に入るという、その条件を飲むことが出来なかった。話し合いに話し合いを重ねた結果、見据えている将来が違うという結論から、アスカはその恋人と別れた。
その数年後、アスカはシンゴと出会い、シンゴの猛アタックにとうとう結婚を決めたのだ。自分にはこういうタイプの方がお似合いなのかもしれない、その時はそう思って結婚したが、結婚生活が続くにつれて、うだつのあがらない夫に結婚は間違いだったのかもしれない、と思うことも度々だった。
自分のした選択が良かったのか悪かったのか、アスカには時々わからなくなる。
人生は選択の連続で、その答えが正解かどうかなのかは、死ぬ時にならないとわからない。否、死んでもわからないものなのかもしれない。
けれど、生きていれば、常に自分の判断の正解不正解を気にしてしまう。
少なくとも、アスカはマキコから依頼を受けてから、様々なことを考え、そして、悩んでいた。


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