小説「サークル○サークル」01-221. 「加速」

アスカは大きな溜め息をつくと、煙草に火をつけた。
煙がたゆたい、煙草の香りが部屋に充満していく。
何度も煙を吐き、煙草が短くなると、アスカは灰皿に押し付けた。
続けて、二本目の煙草に火をつける。同じようにあっという間に煙草は短くなった。
すぐに終わってしまう煙草を見ながら、アスカはふと自分の人生について考える。
別れさせ屋の仕事にはやりがいを感じていたし、楽しいとも思う。この仕事に就けて、本当に良かった、そう言える。けれど、どこかでこの仕事を選ばなかった時のことを考えてしまうのも事実だった。
アスカにはシンゴと結婚する前、恋人がいた。結婚を考えられる相手だった。その恋人は言った。「結婚したら、仕事は辞めて、家庭に入ってほしい」と。
結婚を考えていたはずなのに、その恋人にプロポーズをされ、そう言われた時、アスカは嬉しいという気持ちよりも、どうしよう、という気持ちが大きかった。
彼の出した条件は自分の仕事を否定しているように聞こえたのだ。

小説「サークル○サークル」01-220. 「加速」

アスカはカフェから事務所に戻ると、書類に目を通し始める。机の上に乱雑に置かれた書類を一枚ずつ確認し、必要なものはファイリング、すでにいらなくなった書類はシュレッダーにかけていく。
すると、ひらりと一枚の写真が落ちた。
「……」
写真を拾い上げ、アスカは無言のまま、厳しい眼差しで写真を見た。
その写真にはヒサシが写っていた。眼鏡の奥の瞳には、男としての色気がありありと見え、その唇には甘い言葉を期待してしまいたくなる何かがあった。
アスカはヒサシの写真を裏返すと、そのまま、机の上に置いた。
ヒサシとは随分会っていなかった。ヒサシのことが頭を過ぎっては、会いたいと思ってしまう自分がいる。けれど、それは許されないことだということも、アスカは知っていた。
アスカは別れさせ屋だ。この仕事を始めた時、仕事とプライベートは一緒にしないと決めた。
なのに、今回の依頼では、公私混同もいいところだ。アスカはヒサシの魅力にとらわれ、我を忘れそうになっていたのだ。

小説「サークル○サークル」01-219. 「加速」

「今日、15時までなんですけど、それ以降なら大丈夫です」
「じゃあ、16時に近くの映画館の前で待ち合わせなんてどう?」
「それでお願いします」
「これ、私の名刺。何か困ったことがあれば、ここに連絡して」
アスカは名刺を差し出した。そこには“エミリーポエム”所長と書かれてあった。
レナは一体なんのお店だろう? と思ったけれど、特に口には出さなかった。
それよりも、気になっていた映画をタダで観られることにテンションが上がっていたのだ。しかも、もっと話してみたいな、と思っていたアスカに誘われたというのも理由として大きい。
カフェには色々な客が来る。横柄な態度を取ったり、感じの悪い客を見るとイヤだな、と思うこともあるけれど、大抵の客は客としてしか見ないから、特に何とも思わない。けれど、極たまに、気になる客というのがいる。その人の持つ雰囲気だったり、しぐさだったりに心惹かれるのだ。別に恋とか言うわけではなく、人として気になる。それがレナにとって、アスカだった。

小説「サークル○サークル」01-218. 「加速」

翌日、アスカはいつも通り、レナのいるカフェにやって来ていた。
「おはようございます。いつもので宜しいですか?」
レナはアスカを見つけるなり言った。
「えぇ、お願い」
アスカはにこりと微笑んで言う。
今日のアスカは1枚のチラシを持っていた。
「あ、それ、観て来たんですか?」
アスカの持っている映画のチラシを見て、レナは言った。
「いいえ。これから観ようかと思って」
アスカの言葉にレナも「私も観たいなーって思ってるんです」と笑顔で言う。
アスカは内心ガッツポーズする。この言葉の為にわざわざレナに見えるようにチラシを持っていたのだ。
「ペアの鑑賞券を持っているんだけど、良かったら、一緒に観に行かない? あなたが良ければだけど」
アスカの言葉にレナは目を丸くした。
「いいんですか?」
「えぇ、一人で観に行くのは勿体無いでしょう。折角のペア鑑賞券なのに」
アスカの言葉にレナは声を潜めた。
「お店にナイショでお願い出来ますか? お客さんと出掛けるのは怒られると思うんで」
「えぇ、勿論」
アスカはにっこりと微笑むと、「いつが都合いいかしら?」と小声で訊いた。

小説「サークル○サークル」01-217. 「加速」

アスカはシンゴの異変に気が付いていた。
シンゴは単純な男だ。どんなこともすぐに態度に出る。そして、アスカはそれをいつも見ない振りをしてきた。今回、シンゴが何について、引っ掛かりを覚えているのかはわからなかったが、もしかしたら、自分とターゲットとの仲を疑っているのではないか、と考えていた。
確かに一時期、ヒサシに心を奪われていたのは事実だ。勿論、今だって、会ってしまえば、その気持ちは加速する一方だろう。だからこそ、アスカはなるべく接触しないようにしているのだ。
シンゴとの結婚生活を台無しにはしたくないと思っていた。
それは自分の気持ちと逆行する行為のような気もしたが、それが結婚している、ということだと彼女は考えていた。
「僕がやるよ」
食べ終えた食器を片付けようとアスカにシンゴが言った。
「ううん、このくらい自分でするわ。シンゴは仕事頑張って」
アスカは笑顔で言うけれど、シンゴは「ありがとう」と俯き加減に答えた。


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