小説「サークル○サークル」01-402. 「加速」

「そうですか……。僕と何をお話になりたいんですか?」
 ユウキはいつものように“俺”とは言わずに、丁寧に“僕”と言った。その姿勢からは緊張が溢れている。アスカはドキドキしながら、隣に座るユウキを見ていた。彼がもし感情的になってしまったら、今回の計画は全て失敗に終わる。アスカもユウキ同様、緊張していた。
「何を……そうですね。どうして、私と彼女を別れさせたいのか、という理由からまず聞きましょうか」
 大人の余裕なのか、はたまた依頼をしていることを知っているという余裕なのか、ヒサシはいつもとは少し違うゆったりとした口調で喋った。
 アスカはヒサシの違いにドキリとする。その驚きと緊張がヒサシにバレないようにアスカは神妙な顔つきで静かに二人の話に耳を傾けていた。
 ユウキは小さく深呼吸をする。息の漏れる音がアスカの耳に届き、アスカの緊張は更に高まった。こういう時、自分がどんと構えていなければ、と思うのに、緊張してしまうのだから困ったものだ。

小説「サークル○サークル」01-401. 「加速」

「今日、あなたをお呼びしたのは、彼がレナさんと別れるにあたり、あなたと話をしたいとおっしゃったからなんです」
 アスカはヒサシとレナ、ユウキを交互に見ながら言った。
 レナは申し訳なさそうに俯いていたけれど、ヒサシは堂々とユウキを見据えていた。
 一体、ヒサシはユウキに何を言うつもりなのだろう、とアスカは不思議に思いながら続けた。
「知っているでしょうけど、レナさんはこちらにいるヒサシさんと不倫関係にあります。私はあなたの依頼によって、このお二人を別れさせることになりました。しかし、見ておわかりになるでしょうが、ヒサシさんはその事実をご存じです。そして、レナさんと別れるにあたり、あなたとお話されることを望まれました。あなたとお話をすれば、レナさんとは別れてくれるそうです」
 アスカは一息に話した。
 ユウキにはすでに依頼者の振りをしてもらえるように以前お願いはしている。
 あとはヒサシにバレないように依頼者の振りをしてもらえば丸く収まる。

小説「サークル○サークル」01-400. 「加速」

 何度目かのドアベルの音に視線を向けると、入口にユウキが立っていた。その肩は小さく上下している。急いでここまで来たことが容易に想像出来た。
 ユウキはアスカとレナを見つけると、軽く会釈をして、アスカたちの座る席へとやって来た。
「お待たせしました」
 若干、息を切らしながら、ユウキは言った。
「こちらにどうぞ」
 アスカはそう言って、自分の隣を指す。ユウキは「ありがとうございます」と言って着席した。
 ユウキが入って来たことに気が付いたウェイトレスはおしぼりとお冷を持って来る。ユウキがコーヒー注文すると、ウェイトレスは深々とお辞儀をして立ち去った。
「急にお呼び立てしてしまってごめんなさい」
「いえ、大丈夫です」
 アスカの言葉にユウキはしっかりと答えた。その様子から、妙な緊張などはしていないことがわかる。ユウキは覚悟を決めてここに来ているのだろう。
 しばらくすると、ウェイトレスがユウキの注文したコーヒーを持って来た。
 ウェイトレスが立ち去ったのを見計らって、アスカは口を開いた。

小説「サークル○サークル」01-399. 「加速」

 アスカがユウキに携帯電話で連絡をすると、ユウキは「すぐに行きます」と答えた。レナが不倫をやめるのだ。彼にとっては、どんなことよりも優先順位が高いだろう。
 アスカはユウキが来ることを二人に伝えると、沈黙が落ちた。
 別段、この三人が揃ったところで話すこともなかったし、話題があったとしても、会話が弾むことはないだろう。
 アスカはただただ時間が過ぎるのを待っていた。ちらりとレナを見ると、緊張の面持ちで目の前のコーヒーカップに視線を落としている。
 ヒサシはつまらなさそうに携帯電話をいじっていた。
 たった数十分が何時間にも感じられる、というのは、こういうことを言うのだな、とアスカは思いながら、忙しなく働いているウェイトレスを見ていた。
 ユウキが来て、当たり障りのない会話をして、そして、この案件は終わる。そうすれば、この案件が始まってから、ずっとアスカの中にあったモヤモヤは消えるのだ。
  その所為なのか、アスカはユウキがやって来るのが不安でもあり、楽しみでもあった。

小説「サークル○サークル」01-398. 「加速」

「レナとは別れます」
突然、ヒサシが言った。あまりに突然すぎて、アスカは面食らう。
もう少し、前置きがあるものだとばかり思っていた。
「それは良かったです」
“本当に?”という言葉が口をついて出そうだったけれど、発言を覆されたくなかったアスカは直前で肯定の言葉を選んで口にした。
「但し、一つだけ条件があります」
「なんでしょう?」
一体、どんな無理難題を吹っかけられるのだろう、とアスカは覚悟を決めた。
「彼をここに呼んで話をさせて下さい」
「彼とは?」
「依頼者の彼ですよ」
「わかりました」
アスカがあっさり了承したことに、ヒサシは眉を顰めた。
「あなたの仕事の報酬は減るんじゃないんですか? それでも彼をここに呼ぶと?」
「ええ。あなたがレナと別れてくれるなら、仕方がいなわ」
「俺には理解出来ない。どうして、そこまでして、レナの為に一生懸命になれるんですか?」
「これも縁だからかしら」
アスカはそう言って、余裕の笑顔を浮かべて見せた。


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