「サシアイ」1話

「結局、日本酒は米が一番重要だよな」
 そう言って俺は徳利を差し出した。
 対面に座る友人、槇村卓(まきむらたく)の杯に酒を注ぐ。
 いずれも備前焼、味わいある桟切模様の逸品━槇村に舐められたくない一心で、俺はこれらの酒器を買い揃えた。
「うまい酒を飲むための手間は惜しめないからな。
 もちろん、農水省の作況指数を鵜呑みになんかしないぜ?
 ここぞと思う産地には自分の足で出来不出来を確認に行く━で、近郊の蔵元で買い付ける。これで十中八九はうまい酒にありつけるな」
「ふ~ん、米ねぇ……」
 俺の主張をニヤニヤ笑いながら聞いていた槇村は、ぐいっと酒をあおると熱い息を吐いた。
「まあ、間違っちゃいないとは思うけどね。
 僕は絶対に水が先だと思うな。味噌や醤油と一緒だよ━まずは、清水ありき、さ」
 明らかに俺より飲んでいるはずなのに、槇村の弁舌は乱れない。
 外科医がパニックに陥った助手を窘める様に、穏やかに、しかして理路整然と切り返してくる。
「老舗の蔵元はきれいな水源に集まっているだろう?
 そして動かない、というか、動けない。米の不作が続く事もあったろうさ。でも、不動のままだった。水が最も重要とされてきた証拠だよ」
 槇村は更に杯を重ねた。

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