「サシアイ」4話
槇村のマンションは港区白金の一等地にある。
36階建、白亜の殿堂といった趣の、一般庶民の妬みと嫉みが地縛霊を招き寄せそうな佇まいである。有名な酒造メーカーの御曹司ともなれば、その最上階に居座るのも当然と感じられるものなのだろうか。
部屋にあがると、小型のハウンド犬が唸り声をあげて“歓迎”してくれた。
犬の抜け毛が盃に付着する可能性から、酒飲みの風上にも置けぬ奴、と槇村を責め立ててみる事を思いついたが、塵ひとつない室内を確認するに至り胸中に留めた。
既に酒宴の仕度は済ませてあった。俺は槇村に勧められるまま上座へと着く。
「で? 面白い酒ってのはどれ?」
俺が口から出まかせを言った事を見透かしていたのだろう。出せるものなら出してみろ、と切れ長の目が語っている。
「こいつだ━」
俺はこの一週間、東奔西走して入手した(急ごしらえの)自慢の酒を取り出した。
「蒸留酒? シードルかい? 珍しくもないなぁ」
「使われている林檎が特別なんだ。
フランスのブルゴーニュ地方で取れるプラティーヌ━白金と名付けられた希少種さ」
「ふ~ん……」
俺からグラスを受け取り、一口含んだ槇村の顔に驚愕の色が走る。
なかなか心地良い瞬間だ。大学の講義を一週間もさぼった甲斐があったな。
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