「サシアイ」12話

「まあ、上がってよ━」
そう手招きした槇村の袖口に奇妙な染みを見つける。
(赤い……、血か?)
「なかなか忙しくてさ……。
 君もだろうけど、酒の知識に関してだけは誰にも譲れないところがあるんだ。実際、頼られたりもしているし、日々勉強で疲れているのかもしれないな」
評論家の事を言ってやがるな━嫉妬の苦味が俺の胸に滲み出した。
「“狗肉酒”ってのがあってさ。
 犬の肉を浸け込んだ強壮を目的とした薬酒なんだけど、何故か、これがなかなか手に入らないんだ……」
 リビングは薄暗かったが、ダイニングテーブルの上に口の大きな酒瓶の置いてあるのは分かった。同時に独特の強いアルコール臭が鼻を刺す。
「でも、製法は分かったんでね。
 これはひとつ、自家製“狗肉酒”を試してみるしかないかなって……」
俺は足を止めた。いつまで経っても槇村の友人と認めず、無遠慮に吠えかかってくるハウンド犬の“歓迎”がない事に気付いたのだ。
嫌な予感に佇む俺に嘆息し、槇村がリビングの照明のスイッチを押した。

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