小説「サークル○サークル」01-107. 「加速」

「新作、書かれてるんですか?」
「あぁ、今、ちょうど書いているところだよ」
 そう言って、シンゴはしまった、と思った。特に何かを書いているわけではなかった。依頼がないということもあるが、何より書きたいものが今の彼には見つからなかった。何を書いていいのかわからない。小説を一年に何冊も書いていた時は、そんなことが自分に降りかかるなんて思いもしなかったけれど、現実に今、シンゴは書くべきことも書きたいことも見つけられず、主夫業に専念している。作家として、仕事はしたい。けれど、自分の引き出しが空っぽになって、何も出てこなくなってしまったのだ。空っぽの引き出しはいくら開けたって空っぽのままで、とうとう何も出て来ることはなかった。そして、今に至る。
「どんな話を書いてるんですか?」
「……」
 ユウキに訊かれて、シンゴは咄嗟に言葉が出てこなかった。何も書いていないのだから、何も答えられなくて当たり前だ。どんな話かをでっちあげるには、少しの時間が必要だった。
「すみません……。そんなこと、俺に言えないですよね」
「いや、少しくらいなら、大丈夫だよ」
 そして、シンゴは書いてもいない小説の話を始めた。

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