小説「サークル○サークル」01-122. 「加速」

「いらっしゃいませ。もう今日は来られないのかと思っていました」
 アスカは少し頬を紅潮させ、ヒサシを見上げた。そんなアスカを見て、ヒサシは満足げに口元を綻ばせる。
「それは私が来るのが待ち遠しかったって、解釈してもいいのかな?」
 言われて、アスカはドキリとした。確かにヒサシの言葉の通りだったが、それを認めてしまってはいけないと思った。ヒサシとの接触はあくまで仕事だ。今の一言を認めることは、仕事ではなく、恋愛感情を認めることになる。勿論、今の一言を仕事として肯定することは出来る。けれど、すでに仕事ではなく、恋愛としてヒサシとの関係を築きかけているアスカにとっては、そのような肯定の仕方が一番難しかった。
 アスカはヒサシから視線を外し、躊躇いがちに口を開いた。
「えぇ」
 一瞬の間に計算し、答えを見つけ、アスカは返事をする。その答えには仕事以外の意味合いも含まれていた。
「それは嬉しいね」
「何になさいますか?」
「いつもので」
 アスカはいつものようにオーダーを取ると、マスターに告げた。マスターから渡されたバーボンをヒサシの元へと運ぶ手が微かに震えている。アスカはそんな自分に内心苦笑した。今更、恋くらいで緊張してしまうなんて、馬鹿みたいだと思った。

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