小説「サークル○サークル」01-126. 「加速」

「心にもないことは言わない方が身の為ですよ」
 アスカは口からつい出た台詞にはっとする。これではまるでヒサシの妻がマキコであることを知っているみたいではないか。
「謙遜は良くないな。私は思ったまでを言っただけだよ」
 ヒサシはいけしゃあしゃあと言い放つ。
「そうでしょうか。私にはお世辞にしか聞こえません」
 アスカはぴしゃりと言う。しかし、ヒサシはアスカの視線に動揺する気配もない。
「お世辞なんて言わないよ。……今日の夜は空いてる?」
 お互いが既婚者だとわかっていながら、堂々と誘ってくるあたり、ヒサシはアスカが思っている以上に女に慣れている。ここで引き下がるのは簡単だが、誘いに乗らなければ始まらない。別れさせ屋として状況を把握する為に、普段なら誘いに乗って、根掘り葉掘り情報を聞き出すけれど、今回は少し勝手が違った。アスカは確実にヒサシに思いを寄せている。この状況でヒサシの誘いに乗ってしまえば、ミイラ取りがミイラになる可能性は高い。誘いに乗る怖さがアスカを躊躇させていた。

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