小説「サークル○サークル」01-153. 「加速」

「ねぇ、今、いい?」
 アスカがシンゴの仕事場である書斎にやって来るのは珍しかった。シンゴは面食らいつつも、「ああ、いいよ」と彼女を迎え入れる。
「今までしてたバーでの仕事辞めたから」
「えっ……」
 想像もしていなかったアスカの言葉に、シンゴはそれ以上の言葉が出てこなかった。
「もうバーでやらなきゃいけないことは終わったの。依頼主から別れさせてほしいって頼まれてた浮気相手もだいたいの検討がついたし、潮時かなって」
「ああ、そうなんだ」
 潮時という言葉に引っかかったが、シンゴは顔には出さなかった。
「だから、これから、夕飯は私が作るわね」
「えっ、でも……」
「シンゴも仕事忙しいでしょ。他の家事は任せっぱなしだし、夕飯の用意くらい私にやらせて」
「ありがとう」
「じゃあ、お仕事頑張ってね」
 そう言って、アスカは出て行ってしまった。一人残されたシンゴは椅子の背もたれに大きく寄りかかった。シンゴの口から溜め息が零れたのは、それから数秒後のことだった。

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