小説「サークル○サークル」01-12. 「依頼」

 ぼーっとしているシンゴをちらりと横目で見遣り、アスカはそれ以上、もう何も言わなかった。シンゴと話すだけで、イライラが蓄積されていく。ストレスの元凶は仕事なんかではなく、夫のシンゴだと随分前から彼女は思っていた。
 勿論、彼女はシンゴを愛していたし、今でも愛していることには違いない。けれど、時々、なぜこんな男と結婚してしまったのだろうと、頭を抱えたくなることも多かった。若い頃はシンゴのことを「夢を持っていて、素敵な人」だと思っていた。しかし、時が経つにつれ、作家としていまいちパッとしないシンゴを見ていて、いつまでも現実を見ることが出来ないバカな大人だと思うようになっていった。その心の変化はうだつの上がらない夫を見ていれば、嫌でも起こってしまう。作家で食べていけないのなら、さっさと別の仕事を見つければいい、それが一家の大黒柱の役目だろう、と心の中では思っていたが、作家という仕事に執着しているシンゴに対し、そんなことを言っても無駄だということもすでに今までの経験から、アスカは理解していた。
 アスカはシンゴの用意した料理を残さず全て食べ終わると、「ごちそう様」とだけ言って、自室へと行ってしまった。シンゴはその背中を少し寂しそうに見据える。けれど、彼はアスカに声をかけなかった。否、かけることが出来なかったのだ。自分が彼女を怒らせていることに、少なからず、シンゴは自覚があったのだから。

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