「サシアイ」2話

 実際、槇村の酒に関する造詣の深さは、俺も一目置かざるを得ない。
 しかも、細面で、鼻梁が高く、なかなかの美男といえる。イケメンの解説は、不思議と説得力が増すものだ。
 まあ、俺にとっては、槇村の解説を不快にする要素のひとつでしかないが……。
「それに現代人の感覚では、米も水も運搬に差異は感じないけど━いや、むしろ水道の発達で水の方が気安いかな。
 日本酒の蔵元は江戸時代から続く老舗がほとんどだよ。その当時、大量の水を確保する事がどれほど大変だったか分かるでしょ?
 君の考えは、原材料の熟成に重きを置いた洋酒や果実酒になら当てはまるかもしれないが、こと日本酒に関しては━」
 これ以上、槇村に意見されるのはプライドが許さなかった。槇村の言葉尻を潰し、俺はいささか声を荒らげた。
「そんな事は常識の範疇だ! それじゃあ進歩がないだろうが!
 本当の酒好きだったら、自力で新しい蔵元の、新しい酒を見つけ出す喜びを知れって話だ!」
「ふっ、そんな話をしてたっけ?」
 興奮する俺の様を鼻で笑い、さらに酒をあおる槇村━そのまま杯を伏せた。どうやら、今日の試飲会はここまでのようだ。

「サシアイ」1話

「結局、日本酒は米が一番重要だよな」
 そう言って俺は徳利を差し出した。
 対面に座る友人、槇村卓(まきむらたく)の杯に酒を注ぐ。
 いずれも備前焼、味わいある桟切模様の逸品━槇村に舐められたくない一心で、俺はこれらの酒器を買い揃えた。
「うまい酒を飲むための手間は惜しめないからな。
 もちろん、農水省の作況指数を鵜呑みになんかしないぜ?
 ここぞと思う産地には自分の足で出来不出来を確認に行く━で、近郊の蔵元で買い付ける。これで十中八九はうまい酒にありつけるな」
「ふ~ん、米ねぇ……」
 俺の主張をニヤニヤ笑いながら聞いていた槇村は、ぐいっと酒をあおると熱い息を吐いた。
「まあ、間違っちゃいないとは思うけどね。
 僕は絶対に水が先だと思うな。味噌や醤油と一緒だよ━まずは、清水ありき、さ」
 明らかに俺より飲んでいるはずなのに、槇村の弁舌は乱れない。
 外科医がパニックに陥った助手を窘める様に、穏やかに、しかして理路整然と切り返してくる。
「老舗の蔵元はきれいな水源に集まっているだろう?
 そして動かない、というか、動けない。米の不作が続く事もあったろうさ。でも、不動のままだった。水が最も重要とされてきた証拠だよ」
 槇村は更に杯を重ねた。


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