小説「サークル○サークル」01-246. 「加速」

「その食事、上手くいったの?」
シンゴもミネラルウォーターを飲みながら、アスカに問う。
「多分、上手くいってると思う。彼女、自分から不倫のことを話してたし、これからどうしたいかとか何に悩んでるかも聞いたし……」
「順調そうだね。このまま、不倫相手がターゲットと別れるように仕向けられたら、この仕事も無事終わりだね」
「そうなんだけど、そう簡単にいくかなぁ」
アスカは天井を見上げた。天井の一点をぐっと睨みつけたまま、眉間に皺を寄せている。
「どうして? そこまで上手くいっているなら、問題ないんじゃないの?」
「そうなんだけど、ちょっと不安に思ってることがあってねぇ」
アスカはそこまで言うと、シンゴを見た。
「不安なことって?」
シンゴは不思議そうに問う。
「若さゆえの暴走っていのうかなぁ。若いからこそ、出来ることってあるじゃない? そういうのがありそうで不安なのよ」
「たとえば?」
「突然、奥さんのところに行って、全部ぶちまけちゃったりとか、子ども作るようにしむけて作っちゃったりとか」
「そんなことするかなぁ」
「する女なんて腐るほどいるわよ。その男が欲しいって思ったら、手段なんて選ばないってパターン、今までいくつも見てきたもの」
「それは怖いね」
「でしょ。それやられちゃうと、私たちですら、手が付けられないことがあるのよ」
「どうして?」
シンゴはミネラルウォーターを飲む手を止めて訊いた。

小説「サークル○サークル」01-245. 「加速」

アスカは帰宅すると、ソファにどかっと腰を下ろした。
レナとの食事はひどく疲れた。神経を使い過ぎたのかもしれない。
風呂から上がったばかりのシンゴは、ソファに座るアスカを見て驚いた。
「今日は遅くなるんじゃなかったの?」
「十分遅いわよ」
アスカは壁に掛かった時計を見て言う。確かに時計は二十三時を指していた。
「ああ、バーで働いてた時のことかあるから、この時間でも早く感じるんだね」
シンゴは一人頷く。
「確かにまだ日付越えてないものね」
アスカはソファのへりに突っ伏した。
「どうしたの? やけにお疲れじゃない。何か飲む?」
キッチンからミネラルウォーターを取り出しながら、シンゴは言った。
「私にもお水頂戴」
「うん」
シンゴはミネラルウォーターを二本手に持ち、ソファに座った。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
アスカはシンゴからミネラルウォーターを受け取ると、キャップを開けた。
「仕事、大変だったの?」
「えぇ、不倫相手と食事に行って来たの」
「それじゃあ、随分と佳境に入って来たってことだね」
「そうなるわね」
「それで疲れてるんだ」
「そうなの」
アスカはそこまで言うと、ミネラルウォーターを一気に飲み干した。あっという間に、半分が減っていた。

小説「サークル○サークル」01-244. 「加速」

「不倫って難しいのよね。お互いが結婚していたら、納得もいくかもしれないけど、片方が独身だと独身の方はいつだって待たされているような気になる。だけど、その不満を口にすれば、この関係が終わってしまうかもしれない……。そう思うと、何も言えなくなってしまうのよね」
「そうなんです。だから、私……。彼に不満を言ったことは一度もありません」
「それが賢い立ち回り方だと思うわ。彼を失いたくないのならね」
「でも……どこかでわかってるんです」
「えっ……?」
レナの言葉にアスカはわざと聞き返す。レナが続ける次の言葉をアスカはわかっていた。
「いつかは彼と別れなきゃいけいなってこと」
アスカはレナのその言葉を聞いて、にっこり微笑んだ。
「わかってるんじゃない」
「わかってます。でも……今はまだ別れたくない」
「思う存分、納得の行くまで付き合うといいわ。彼から別れを告げられるのがいいか、自分から別れを告げるのがいいかにも寄るけれど」
アスカはそう言って、優しい眼差しをレナに向けた。

小説「サークル○サークル」01-243. 「加速」

私も年を取ったなぁ、とレナと話しながら、アスカはしみじみ思う。
「アスカさんは不倫していた彼と別れる時、辛かったですか?」
「辛かったわよ。だけど、どこかで安心もしたわ。もう周りの視線を気にしなくていいんだって。あなたにもない? 友達にも家族にも言えなくて、奥さんに見つからないようにこそこそ会う……なんて言うのかな。肩身の狭さっていうか」
「わかります……。いつもデートをする時は、この付近じゃ会えなくて。少し遠いバーに行ったり、メジャーなレジャースポットは避けたり。私は良くっても、彼が彼の奥さんとか奥さんの友達に会うかもしれないってことをとても気にしていて……」
「だったら、デートなんてしなきゃいいのにって思わなかった?」
「思いました。もっと堂々としていてよって」
レナは少し唇を尖らせ、拗ねたように言う。アスカはそんなレナを見ながら、バケットに手を伸ばした。オイルソースを絡め、口に放り込む。レナもイライラを紛らわせるように同じようにバケットを口に運んだ。

小説「サークル○サークル」01-242. 「加速」

冷静になろう、とアスカは深呼吸をした。それをレナは溜め息だと感じたのか、アスカの顔を見る為に顔を上げた。
「あなたも悩んでいるのね」
レナの視線に気が付いて、アスカは取り繕うように言った。
「はい……」
再び、レナは俯く。
ここから、自分が味方である、ということを上手くレナに認識させていかなければならない。アスカは気持ちを落ち着ける為に水を飲んだ。
「あなたはどうしたいの?」
「えっ……。どうしたい……ですか?」
「そう。これから、彼とどうなりたいと思ってる?」
困ったように視線を泳がせるレナにアスカは質問を重ねた。
レナはしばらく考えた後、ぽつりとつぶやくように「一緒にいたいです」と言った。
それがレナの本心なのだろう。体面を気にしているとしたら、「一緒にいたいけど、別れないといけない」となるはずだ。
「本当に彼のことが好きなのね」
「はい……。どうしようもないくらい」
素直にこんなことが言えるというのは、若い証拠だな、とアスカは思う。レナは自分より少し年下なだけだったが、二十代前半と二十代後半では明らかにモノの捉え方が違う。そして、考え方や発言だけでなく、身の振りも随分と変わったな、とアスカは思った。


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