小説「サークル○サークル」01-6. 「依頼」

 アスカはマキコを送り出すと、仕事の段取りを決める作業に入った。今回のターゲットは依頼主の夫である「カイソウ ヒサシ」だ。彼は大手企業の会社員で年齢は31歳。アスカより2歳年上だ。マキコの話によると、よく行くバーがあるという。そのバーは「エミリーポエム」から3駅離れたところにある「crash」というバーらしい。アスカはそのバーでヒサシに接触するつもりでいた。
現在、「エミリーポエム」には数名のアルバイトのスタッフがいたが、別の案件で出払っていて、実質今動けるのはアスカしかいない。幸い、今回のターゲットとは年齢も近く、接近するのにはさほど困らない。ただもう少し美人でスタイルが良ければ、余計な不安など持たなくていいのにな、とアスカは思う。
「さーて、どうしたもんかなぁ……」
 椅子に踏ん反りがえって座り、足を机の上に置く。お世辞にも行儀の良い格好とは言えなかったが、1人でいるからこそ、出来る格好でもあった。
「落とすのは簡単……だけど、別れさせるのが難しいタイプなのよね……」
 1人でぶつぶつと言いながら、アスカは自分の考えを整理していく。こうやって、自分の中にある考えに筋道を立てていくのが彼女の習慣だった。口に出すことで自然と矛盾が解決される、というのが彼女の持論なのである。

小説「サークル○サークル」01-5. 「依頼」

「主人の勤めている会社のビルに入っているセルフサービスのカフェの店員のようなんです……」
 マキコは伏目がちに言った。
「へぇ……」
 浮気の種類としては、特に珍しいパターンではなかった。男は身近な女に手をつけることが多い。社内で不倫をしている人間が多いことからもそれは明白だ。
 アスカは煙草の煙を吐き出すと、まじまじと写真を見た。この手のモテる男というのは、女好きが多く、落とすのは大概簡単だ。けれど、自分がモテることを自覚している分、何人も女を囲おうとするタイプが多い。たちが悪いかもな、とアスカは写真を見ながら眉間に皺を寄せた。
「期限の希望はおありかしら?」
「別れさせてくれるなら、特には……。ただ早ければ早いほど、嬉しいです。出来れば、この子が生まれてくるまでには……」
 そう言って、マキコは自分の腹をさすった。アスカはマキコの腹を見据える。
 やることはしっかりやってたってわけね……とアスカは内心ごちる。
「今、何ヶ月目?」
「3ヶ月です」
「そう……。半年以内……出来れば、3ヶ月以内には決着をつけたいところね」
「お願いします!」
 マキコは深々と頭を下げた。必死に頭を下げるマキコを見て、アスカは顔を上げるように言うと、金額の説明を始めた。

小説「サークル○サークル」01-4. 「依頼」

「ご主人の写真はある?」
 アスカの問いにマキコはバッグから1枚の写真を取り出した。
 いいバッグ持ってるわねぇ、とマキコのバッグを見ながら、アスカは思う。もしかしたら、マキコはパートで稼いだと言っているが、親が金持ちなのかもしれない。だったら、300万も貯金出来るのも納得出来る。
 アスカは写真を受け取ると、視線を写真へと落とす。
写真の中のマキコの夫は、眼鏡がよく似合うキレイな顔立ちの男だった。インテリな雰囲気を漂わせているが、全く嫌味な感じがしない。それだけではなく、この手の男にありがちないけ好かない感じや胡散臭さが微塵も感じられなかった
 なんだ、浮気野郎にしてはイイ男じゃない……とアスカは思ったが、それを表情に出さないように努めた。ここで顔に出してしまうと、信用問題に関わることを彼女は知っている。
「で、このご主人が浮気をしている、と」
「はい。そうなんです!」
 まぁ、これだけイイ男なら、黙ってても女が寄って来るわよね、と言いそうになったが、アスカはそんなことを思っているなんて、おくびにも出さずに話を続けた。
「別れさせてほしいってことは、もう浮気相手もご存じ?」
「はい……」
「その方はご主人とは、どういうご関係かしら?」
 アスカは写真に視線を落としたそのままで、マキコに問うた。

小説「サークル○サークル」01-3. 「依頼」

「どうぞ、召し上がって下さい」
 アスカは紅茶に手をつけようとしないマキコに言った。彼女はそんなアスカを遠慮がちに見る。
「あの……ミルクってありますか?」
「ごめんなさい。ミルクは用意してないの。この紅茶はストレートで飲んだ方がおいしいから、大丈夫よ」
「……」
 マキコにとっては、そういう問題ではない。マキコは口をつぐみ、砂糖を大量に入れると、紅茶に口をつけた。
「あの……それで、依頼は受けていただけるのでしょうか?」
「えぇ。受けること自体に問題ないわ。ただ金額の折り合いがつけば、といったところかしら」
「お金ならあります! パートで貯めたお金がありますから」
 真剣な目をして言うマキコに「失礼」と言って、アスカは煙草に火をつけた。
 たかがパートでいくらのお金があるって言うんだか……。
 アスカは内心そう思ったものの、口には出さず、煙草の煙を吐き出した。
「結構、かかるわよ?」
「それは承知の上です! 300万、用意しました」
「300万!?」
 パートで貯めたと言われ、アスカは50万、多くて100万程度だろうと思っていたので、心底驚いた。
「だから、お願いします! どうか、主人とあの女を別れさせて下さい!」
「……わかったわ。この依頼、正式に引き受けさせてもらうわね」
 アスカは300万という大金に思わず顔がにやけそうになるのを必死で堪えながら、神妙な面持ちで言った。

小説「サークル○サークル」01-2. 「依頼」

 アスカはやかんに水を入れると、強火にかける。今時、ポットを使わないなんて珍しい、と思いながら、マキコはソファに腰を下ろした。
 お湯を沸かしている間、アスカはティーポットにティーリーフを入れる。何事にも大した興味を示さないアスカだったが、紅茶にだけはこだわりがあった。キッチンの引き出しには、珍しい紅茶がいくつもストックされ、気分や来客者によって、味を変える。客であろうと、敬語をほとんど使わない無神経なところはあったが、相手によって紅茶の味を変えるなどという細やかな気遣いをする一面も彼女は持ち合わせていた。
やかんのけたたましい笛の音が事務所に鳴り響く。やかんはせわしなく、お湯か沸いたことを知らせ続けた。アスカは慌てるそぶりもなく、のんびりとした動作で火を止めると、ティーポットにお湯を注ぐ。かぐわしい紅茶の匂いが事務所に広がった。アスカはしっかり3分待って、ティーカップに紅茶を淹れた。
 トレイには、ソーサの上に乗った紅茶の入ったティーカップと角砂糖、それから皿の上にはアスカが昨日買っておいたスコーンが乗せられていた。
「お待たせしました」
 アスカは言うと、マキコの前に紅茶を置く。全てを置き終わると、彼女はマキコの向かいのソファに腰を下ろした。


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