しばらくすると、ウェイトレスに案内されて、ユウキがやって来た。
「お待たせしました」
「突然、お呼び立てしてごめんなさい」
アスカは立ち上がり、頭を下げる。
「別れさせ屋エミリーポエムの所長をしています」
「アスカさん、ですよね」
「はい。あなたはユウキ君ね」
「そうです」
「レナさんから聞いてるわ」
「俺も聞いてます。俺が呼ばれたってことは、レナの不倫のことについてですよね」
「ええ、その通りよ。どうぞ、お座りになって」
アスカとユウキのやりとりを見ながら、レナは居心地の悪そうな表情を浮かべていた。
ユウキの頼んだブレンドが運ばれてくると、アスカは本題を切り出した。
「実はあなたにお願いしたいことがあって、ここに来てもらったの」
「レナが不倫をやめてくれるなら、どんなことでもします」
「そう言ってもらえて、心強いわ」
「それで俺は何をすればいいんですか?」
ユウキは真剣な眼差しをレナに向けた。
「私にレナさんと不倫相手を別れさせたいと依頼した人の振りをしてもらいたいの」
アスカもユウキの目をしっかりと見据えて言った。
アスカはアールグレイに口をつける。
レナは「わかりました」とつぶやくように答えた。
「今、彼を呼べる?」
「はい」
レナはそう言うと、メールを打ち始めた。
やはり、電話はしづらいのだろう。
すぐに返信が来たようで、レナの携帯電話が振動する。
「今から来るそうです」
レナは携帯電話の画面に視線を落としたまま言った。
「ありがとう」
アスカはレナに向かって微笑んだ。しかし、レナの表情は強張っている。
「どうして、そんなにユウキ君に会うのを嫌がるの?」
「ずっと不倫を反対されてましたし……」
「でも、その不倫をやめる為の協力をお願いするのよ。彼は喜ぶんじゃない?」
「喜ぶと思います。でも、私は彼に対して、いい感情はあまり抱けないというか……」
「そういうことね……」
なるほど、と思いながら、アスカは再びアールグレイに口をつける。
自分のことを思って不倫をやめるように言ってくれていたという良心はわかってはいても、不倫を続けていた時に煩わしいと思ってしまった気持ちが彼女の中にまだ残っているのだろう。
よくあることだわ、とアスカは思いながら、カップをソーサーの上に置いた。
「ユウキとですか?」
翌日、アスカは早速レナに会っていた。ヒサシに先手を打たれる前に動いたのだ。ヒサシは今頃会社だ。アスカはバイト終わりのレナを待って、近くのカフェにやって来ていた。
広々とした店内にはゆったりとした高級そうなソファが並べられ、来ている客もスーツをパリっと着こなした紳士的な人が多かった。
そんな中で、アスカとレナは幾分か浮いている。
「ええ、彼に会わせて欲しいの」
「……」
レナはアスカの思った通り、良い顔はしなかった。
レナの不倫をやめさせようと、ユウキが何度もレナに接触しているのだからそれは仕方がない。しかし、今回の作戦にはユウキの協力は必要不可欠だった。
「彼と別れたいんでしょう?」
「それはそうなんですけど」
「ユウキ君とあれからちゃんと話してないのね」
「……」
図星だったようで、レナは何も言わなかった。
レナが話し出すのを待ちながら、アスカはアールグレイに角砂糖を入れた。スプーンでかき混ぜると、バラバラと角砂糖が溶けていった。
「レナの代わりに、君が俺の愛人になるのはどう?」
アスカにはヒサシが口にする言葉が読めていた。
シンゴがきっとターゲットがアスカに行ってくるであろう言葉をいくつかあげていたのだが、その中の一つがそれだったからだ。
「そんな条件、飲めるわけないでしょう?」
「既婚者だから?」
「既婚者だからとか、独身だからとか、そんなこと関係ないわ」
「だったら、どうして?」
「その他大勢になるのがイヤだからよ」
「へぇ……意外な答えだな」
「その他大勢でも満足するような女に見えた?」
「そういうことを気にしないような女に見えていたよ」
「それは褒められているのかしら」
「俺としては、褒めているけどね」
ヒサシはグラスの残りの酒を一気飲み干した。
アスカもシャンディーガフを一気に飲み干した。二人は同時に立ちあがる。
「レナは諦めてもらうから」
「力ずくで持っていくつもり?」
「力ずくとはいかないまでも、あなたと接触はさせないつもり」
「依頼者にこのことがバレていると言っていもいいと?」
「ええ。好きにすればいいわ。それよりも、私にとっては、レナからあなたから離れることの方が今は大切なのよ」
そう言い残し、アスカはヒサシの元を去った。
「ただ……俺の妻は俺が浮気をしていることは知っているよ」
「どうして、そんなことがわかるの?」
「わかるさ。おまけに妻も浮気をしてる」
「ダブル不倫ってこと?」
「ああ。イマドキ、珍しいことじゃないけれどね」
ヒサシは涼しい顔をして言う。アスカは切り札を奪われた気がして、戸惑った。けれどそれを顔に出すことは出来ない。
「だから、あなたの浮気が奥さんにバレても問題ないと?」
「……そうとは言い切れないかな」
ヒサシは言葉を濁す。
「俺の浮気を知ってからの浮気だろうから、俺の方が分が悪くなる」
「離婚はしないの?」
「今のところ、するつもりはない」
アスカは思わず、溜め息をついた。
「呆れた?」
「もう随分前から呆れてるわ。結局ねあなたは自分の周りにたくさんの女を囲っておきたいのよね。言わば、ハーレム」
「それが出来るだけの稼ぎと外見を持っていれば、試したくなるのが男ってもんだと思うけど」
「そうだ。こういうのはどうだろう?」
ヒサシはアスカの瞳をしっかりと見据えて、口を開いた。