小説「サークル○サークル」01-165. 「加速」

 キッチンにいるアスカを見るだけで、シンゴはなんだか幸せな気分になった。自分の奥さんが自分の為にコーヒーを淹れてくれる。たったそれだけのことなのに、こんなに嬉しいと思うなんて、こんなに感謝をするなんて、思ってもみなかった。
 きっと結婚していれば、そんなの当たり前だよ、と思われてしまうようなことでも、シンゴにとっては新鮮だった。どれだけ、自分たち夫婦がイレギュラーな環境下の中で、それでも愛想をお互い尽かさずにやって来ていたかを思い知った。
 シンゴは今になって思う。自分たちは夫婦ではなかった。ただの同居人に過ぎなかったのだ、と。だからこそ、夫婦らしいちょっとした会話や行動にでさえも、思わず笑みがこぼれた。
「お待たせ」
 アスカはキッチンから戻ってくると、コーヒーの入ったマグカップをシンゴに渡した。
「ありがとう」
 シンゴはそれを笑顔で受け取る。
 こんな毎日が続けばいいのに――そう、シンゴは思ったけれど、口には出せなかった。

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