小説「サークル○サークル」01-366. 「加速」

翌朝、アスカが起きてくると、すでにシンゴが朝食を作っているところだった。
「おはよう」
「あ、おはよう。ゆっくり眠れた?」
「うん……少し、頭がガンガンするけど……」
「そう思って、今日は和食にしたよ」
シンゴに言われて、アスカがテーブルに視線を向けると、そこには焼き魚やのりなどが並べられていた。
「今、お味噌汁とごはん入れるから、座ってて」
「うん……」
アスカはぼーっとしながら、焼き魚を見つめていた。昨日のことが上手く思い出せない。
「はい、お待たせ」
アスカがぼーとしてる間にも、シンゴはテキパキと動き、ごはんと味噌汁をよそって、席についた。
「いただきます」と二人は声に出し、同時に味噌汁に手を伸ばした。
アスカはまだ頭がぼーっとしているようで、何もしゃべらない。シンゴもアスカのことを思って、敢えて何も話さなかった。
無言のまま、食事が終わり、アスカが後片付けをしている間にシンゴは書斎へ戻った。
書斎から出てきたシンゴの手には数枚の紙があった。

小説「サークル○サークル」01-365. 「加速」

でも、僕は作家だし、想像力に関しては、ターゲットよりも優れているはずだ、とシンゴは思う。どんな手段でターゲットが切り返して来ようとも、太刀打ち出来るだけのアイデアを出せるはずだとも思っていた。
問題はアスカがどういう選択をするか、だ。
シンゴは不安だった。
アスカはターゲットに心を奪われかけていた時期がある。もし、もう一度、ターゲットがアスカに好意を寄せたとしたら、アスカはターゲットの方に転がってしまうかもしれない。
だったら……とシンゴは思う。だったら、シンゴがアスカのブレーンになればいいのだ。
相手は男だ。女のアスカより同じ男の自分の方が戦うには適している、とシンゴは思った。
シンゴはテレビを消すと、書斎へと向かう。
眠たさを感じながらも、シンゴはシミュレーションを繰り返し、まとまったアイデアは忘れないようにデータとして残していく。
シンゴは自分がアスカのことでこんなにも真剣になるとは思ってもみなかった。

小説「サークル○サークル」01-364. 「加速」

シンゴはべろべろに酔ったアスカを寝室に運ぶと、ソファに腰をかけ、テレビを観ていた。夜中のハイテンションなバラエティ番組はシンゴの重たい気持ちをほんの少し軽くしてくれる。
けれど、シンゴはテレビを観ながらも、アスカのことを考えていた。
漸く、ターゲットからアスカが離れたと思っていたのに、また接触をするという。ターゲットはアスカの提示する条件を飲むだろうか。アスカ自体を求めてきたりはしないだろうか。考えれば考えるほど、嫌な考えが脳裏を過っては消えていった。
そう言えば……とシンゴはユウキのことを思い出す。ユウキはどうしているのだろう。アスカがこんなに苦戦をしていられているということは、ユウキはレナとターゲットを別れさせることに成功していないということだ。
シンゴは自分がどう立ち回るべきか、アスカになんとアドバイスするべきかを悩んでいた。
ターゲットは強敵だ。いろんな女を相手にしてきて、女には慣れているし、自分がどうすれば、良いかを考えられるだけの頭の良さも持ち合わせているのは明らかだった。

小説「サークル○サークル」01-363. 「加速」

「飲まなきゃやってられないわ」
 アスカはそう言うと、まるで水でも飲むかのように勢いよく、赤ワインを喉に流し込む。
「そんな飲み方したら、すぐ酔っちゃうよ」
「いいのよ、酔いたい気分なんだもの」
「これから、どうするの?」
 シンゴはほんの少し、グラスに口をつけて言った。視線の先にはふくれっ面のアスカがいた。
「どうするも何も……。ターゲットとレナは別れさせるわよ」
「それが君の仕事だもんね。でも、ターゲットにはバレているんだろう?」
「そう。そうなのよ。でも、話し合えばどうにかなるかな……」
「ホントに?」
「ホント。他にも浮気相手がいるっていうことは、依頼者に言わないからっていう交換条件で別れてもらうつもり」
「それをターゲットが飲むと思う?」
「飲ませるのよ。私がちゃーんと報酬をもらえるようにする為にはそれしかないもの。それに第一、別の浮気相手がいることを依頼者に告げなきゃいけいない義務はないわ」
「なるほどね」
 シンゴが二口目を飲むころには、アスカのグラスは空になっていた。

小説「サークル○サークル」01-362. 「加速」

「でも、それだけ? たったそれだけの為に私に依頼するかしら?」
「すると思うよ。お金もかけずに、旦那の浮気の決定的な証拠を集められるし、一石二鳥だと思わない?」
「旦那の不貞行為が原因で離婚。そして、不倫相手と再婚して、子どもを産む……」
「そういうこと。依頼者は慰謝料もらい、新しい幸せも手に入れることが出来る」
「怖い女……」
「でも、今、君が相対しているのは、そういう人なんだよ」
「手強そうね……」
「そうだね。とても不利な状況に置かれていると思うよ」
 アスカはシンゴの言葉に何も言わずに立ち上がると、キッチンへと向かう。シンゴはそんなアスカの姿を何も言わずにじっと見ていた。
 アスカは食器棚から二つワイングラスを取り出すと、冷蔵庫で冷やしていた赤ワインを注いだ。
 無言のまま、アスカは赤ワインの注がれたワイングラスを持って、シンゴのところへ戻ってきた。
「はい、シンゴも飲むでしょ」
「ああ、ありがとう」
 シンゴは笑いながら、アスカからワイングラスを受け取った。


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