ヒサシと女のことが気になったが、アスカはちらちらと少し離れた場所から見ることしか出来ずにいた。会話の内容を知りたい――いや、仕事の一環として聞かなければならない、と思うのだが、いかんせん、身体が思うように動かなかった。知りたいと思う反面、どこかで知ることを怖いと思っている自分がいるのだ。
こんなことでどうするの、仕事なのに。そう思ってはみても言いようのない、釈然としない気持ちだけが頃の奥底に滞留するのを感じていた。
そうこうしているうちに、ヒサシが片手を挙げた。アスカは一瞬ドキリとしたものの、平静を装い、ヒサシたちの前に行く。
「お待たせ致しました」
アスカはいつもと同じセリフを口にする。
「チェックをお願いします」
ヒサシは口元に薄っすら笑みを浮かべ言った。「かしこまりました」とアスカは伝票を取りに行く。
これからきっとヒサシと女はベッドをともにするのだろう。仕方のないことだけれど、なんだか遣る瀬ない気持ちになった。アスカは伝票とカルトンを持ち、再びヒサシたちの前へと行く。締めつけるような空しさだけが、アスカの心の中を支配していった。
「お相手の方に申し訳ないです」
遠慮がちに、だがしっかりとアスカは言った。
「君なら、きっとそう言うと思ったよ」
ヒサシは余裕の笑みを浮かべながら、アスカを見遣る。
「仕方ないね、今夜は彼女の相手をすることにするよ」
ヒサシはいけしゃあしゃあと言い放つと、アスカに微笑んだ。そこへタイミング良く、女が戻ってくる。アスカはお辞儀をすると、カウンターの奥へと向かった。
アスカは濡れたグラスを手に取り、一つ一つ丁寧に拭いていく。グラスを持つ手に思わず力が入った。あのセリフはなんなんだ――アスカはヒサシの態度にイライラせずにはいられなかった。「仕方ないね、今夜は彼女の相手をするとこにするよ」とはあまりにも上から目線の発言ではないか。毎晩連れてきている女に自分は興味がないけれど、自分に好意を持ってくれるからここへ連れて来て、ベッドを共にするというのだろうか。ヒサシは自分がモテることを知っている男だと思う。けれど、あの発言はどうしたって、許しがたい。そして、アスカははっと我に返る。どうして、そこまで相手の女の立場で考えてしまっているのだろうか、と。
それは紛れもなく、アスカの意思に反して、アスカが次第にその女の立場に近付いている証拠だった。
こんにちは☆
Hayamiです。
本日、「サークル○サークル」64話が配信されました。
そして、本日なんと!
私、Hayamiは28歳になりました!!
いやー、もうホント立派なアラサーですね(笑)
意外にも28歳という壁が私の中では高くって、
28歳までにやりたいことがいっぱいあったんですよね。
だいたいのことは達成出来ているのですが、
なかなかどうして上手くいかないこともあったり……。
作家として漸く8ヶ月目を迎え、物書きを始めてから3年と5ヶ月目を迎えました。
こうして、28歳を無事作家として迎えられたのは、
いつも作品を読んでくださる皆様と取引先の皆様、
家族や友人の支えがあってこそです。
本当にいつもありがとうございます。
28歳になっても、外見もあまり変わらず、
中身も多分あんまり変わることもなく、
体力の衰えと夜更かしのパンチ力にビビりながらも、
より皆様に楽しんでいただける作品作りを頑張りたいと思います!
28歳のHayamiもよろしくお願い致します!!
さて、番外編「ドライフルーツ・シンキング~マンゴーな過去に~」はもう読んでい
ただけたでしょうか?
作家のシンゴの視点で語られるアスカとのなれ初めや、
シンゴが考えていることを物書きとして描いている、というお話です。
全10回となっておりますので、ぜひこちらも併せてご覧下さい☆
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次回、65話もよろしくお願い致します☆
しばらくすると、ヒサシの隣に座っていた女が化粧室の場所をアスカに訊き、席を立った。
「今日はいつもと雰囲気が違いますね」
ヒサシは女の姿が見えなくなると、アスカに笑顔を向ける。そういう抜かりのなさにアスカは苦笑しそうになった。そして、「あぁ」と言って、彼女は髪留めに手をやる。今日は髪をアップにしていた。
「……変ですか?」
アスカは急に不安になって訊く。そんなアスカをヒサシは優しい眼差しで見据えた。
「いえ、とてもお似合ですよ。いつもより、色っぽく感じるけどね」
ヒサシの言葉にアスカは自分の頬が高揚していくのを感じていた。
「それはありがとうございます」
店内が薄暗くて良かったと思いながら、アスカは頭を下げた。これ以上、ヒサシの前にいることが恥ずかしくて、アスカがヒサシの前から立ち去ろうとしたその時だった。
「ねぇ、今日、この後、空いてる?」
「えっ……?」
突然過ぎる言葉に思わず聞き返す。アスカはヒサシの目を見た。その目は真剣そのものだ。一瞬、胸が高鳴った。が、アスカはすぐに自分の立場を思い出す。冷静さを失っては、この仕事を遂行することなど到底出来はしない。アスカは過ぎった気持ちを悟られないようににっこりと微笑んだ。
翌日の夜、アスカはバーにいた。マキコの依頼再開の申し出があった場合に対応出来るように、少なくともあと1ヶ月は働くつもりでいた。しかし、アスカがバーで働くのは決してそれだけが理由ではなかった。視線の先にはヒサシがいる。心のどこかでアスカはヒサシのことをもう少し知りたいという好奇心に駆られていた。
今まで様々な仕事を請け負ってきたが、一度もターゲットに対して、こんな感情を持ったことはなかった。アスカはいつだって、正確に業務を遂行していたし、ターゲットに心を奪われるようなこともなかった。けれど、ヒサシに会った時、今まで感じたことのない感情が自分のお腹の底から沸々と湧き上がって来るのを感じていた。それはヒサシに会えば会うだけ大きくなっていく。アスカに旦那がおらず、ヒサシがターゲットでなければ、恋と呼ぶにふさわしい感情だったかもしれなかったが、そんな感情をアスカがターゲットであるヒサシに持つことなど許されるわけがなかった。ここでヒサシに恋をしてしまっては、アスカの仕事は台無しだ。アスカは自分の感情に気付かない振りをしながら、しかし目だけはしっかりとヒサシを追っていた。だが、その横には今日も可愛いという言葉がよく似合う女が座っていた。