小説「サークル○サークル」01-99. 「加速」

 あくる朝、アスカを仕事に送り出すと、シンゴはぼーっとする頭のまま、コンビニエンスストアへと向かった。買う物は決めていない。ただ家でじっとしていられなかっただけだった。
「いらっしゃいませ」という明るい声がシンゴの元に届いて、はっとして顔を上げた。二十歳前後の茶髪の青年がこちらを見て、笑顔を向けていた。つられて、シンゴは引きつった笑顔を青年に向ける。適当に雑誌を立ち読みし、弁当を一つ手にしてレジへと向かった。
「いらっしゃいませ」
 少年はまた愛想良く言った。
「398円です。お弁当は温めますか?」
「はい」と答えて、シンゴは財布の中の小銭をのぞき込む。キリの良い小銭がありそうだと思って、しばし財布の中とにらめっこしたものの、1円足りずに諦めて、千円札を出した。野口英世に笑われているような気がした。
「ごめん、これで」
 シンゴが言うと、少年は「千円お預かりします」と言った。会計を済ませ、つり銭を受け取り、弁当が出来上がるまでレジの横にどこうとした時だった。少年がシンゴの目をしっかりと見据えた。シンゴは思わず息を飲んだ。

小説「サークル○サークル」01-98. 「加速」

 その日の晩、シンゴはなかなか眠れなかった。アスカが口籠った理由はだいたい察しがつく。それを考えると、とうとう来てしまったか、という気持ちになった。勿論、ヒサシとアスカが関係を持ったなどとはさすがに思ってはいなかったが、アスカがヒサシのことを特別に意識し、ヒサシもまた同じ気持ちでいることは安易に想像がついた。でなければ、あの動揺は説明がつかないと思った。
 シンゴが寝返りを打つと、隣で寝ているアスカの気配も動いた。こんなに近くにいるのに、気持ちはこんなにも遠い。その事実を目の当たりにして、シンゴは遣る瀬無い気持ちになった。
 言葉で伝えることは容易い。けれど、正確に相手に気持ちを届けることは容易ではない。正しく伝わらないのなら、伝える意味はあるのか、問いたくなる。けれども、何もしないでただじっとしているよりは、それが無駄なことに思えても何かした方がいいとも思った。堂々巡りの思考を打ち切るように大きな溜め息をつくと、シンゴは静かに目を閉じた。夜はまだ始まったばかりだった。

小説「サークル○サークル」01-97. 「加速」

 内心、シンゴのことを凄いと思っていたアスカだったが、敢えてそれは口にしなかった。口にすることで、自分の負けを認めてしまうような気がしたからだ。
「それで、どうなったの?」
 シンゴはスープをすすりながら問う。
「調査の再開をしてほしいって言われたわ」
「さすがだね。調査を継続していて正解じゃないか」
「そこの読みは当たったみたい。ただ……」
 アスカはそこまで言って、言葉を区切った。しかし、思い直して、口にするのはやめた。何でもかんでも話す必要はないと思ったのだ。ヒサシがマキコにアスカの話をしなくなったことの意味を考えれば尚のことだ。夫という立場のシンゴには聞かせるのは、ナンセンスだと思った。
「どうしたの?」
「いいえ、なんでもないわ」
 アスカは笑顔で答える。それを見たシンゴは、珍しいアスカの笑顔に違和感を覚えた。そういうことか、と思った。
 アスカは後ろめたさに、鼓動が少し速まっていくのを抑えることが出来なかった。

【森野はにぃ】風邪にはお気を付けて☆


みなさん、こんにちは。

森野はにぃです。

本日、「ワンダー」96話が配信されました。

5月になったということは、今年の3分の1はもう終わっちゃったんですね。

あー、ホント早いです……!

それにしても、最近は涼しくなったり、暑くなったり、

不思議な気候が続いてますよね。

私の周りでは風邪が大流行しています。

勿論、私はバカなので全くかからず(笑)

皆さんも不安定な気候なので、ご自愛くださいね!

それでは、引き続き、「ワンダー」をお楽しみ下さい☆

小説「サークル○サークル」01-96. 「加速」

 その夜、バーの仕事がなかったので、アスカは真っ直ぐに帰宅した。
 食卓を挟んで向かい合うシンゴはなんだか嬉しそうだ。
「何かいいことでもあったの?」
 アスカはパイコー飯に箸を伸ばしながら、シンゴに訊いた。
「だって、今日はアスカの帰宅が早いから」
「それだけ?」
「そうだよ。奥さんが早く帰って来てくれて、一緒に夕飯が食べられるなんて、幸せなことだろ?」
 当たり前のように言うシンゴの言葉にアスカは驚いていた。そんなことを彼女は考えたこともなかったのだ。
「それより、アスカ、今日何かあっただろ?」
 シンゴに言われ、アスカはドキリとする。その一言で自分の今日の出来事を全て見透かされているような気がした。
「えぇ、ちょっと驚くようなことが」
 アスカはパイコー飯を口に運ぶ。癖のある牛肉の味が口の中いっぱいに広がった。美味しいな、と思いながら、アスカは咀嚼する。
「依頼者が事務所に来た、とか?」
「……正解」
「やっぱり」
 アスカはシンゴの洞察力に心底驚いていた。作家はこんなにも人のことがわかるのだろうか。アスカ自身も仕事柄、観察力がある方だと思っていたが、ここまで簡単に言い当てられる自信はなかった。


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