【森野はにぃ】夏バテにご用心!


みなさん、こんにちは。

森野はにぃです。

本日、「ワンダー」121話が配信されました。

7月上旬も明日で終わり!

そう思うとホントにあっという間ですね。

この間、6月が終わるー!!って言ってたのに(笑)

「ワンダー」も無事2章に突入し、連載も9ヶ月目を迎えることが出来ました。

少しずつみんなの恋が動き始めています。

「ワンダー」の中ではまだ春ですが、

これからどんどん現実では夏が迫りくるのですね……!

暑い夏は引きこもって、もりもりお仕事頑張りたいと思います!

皆さんも夏バテにはお気を付け下さいね☆

それでは、引き続き、「ワンダー」をお楽しみ下さい☆

小説「サークル○サークル」01-124. 「加速」

「何をそんなに怖がっているの?」
「怖がってなんかいません」
「それは嘘だ。君は私に惹かれながら、けれど、それを否定しようとしている。それはなぜか……。私の素性がよくわからないからかな?」
「……」
 アスカは敢えて答えない。素性は全て知っていた。誰と結婚し、どんな会社に勤めているのか。ここのバーで働くようになってから、ヒサシがどれほど沢山の女を抱いているのか。わかっていても、ヒサシに惹かれているのだと思って、アスカは泣きたくなった。馬鹿にも程がある。
「何も不安に思うことはないよ。だって、私と君は同じだろう?」
 何を言っているのかわからず、アスカは眉間に皺を寄せた。
「何を言っているのか、わからないって顔だね」
「えぇ……」
「お互い既婚者ってことさ」
「!」
 アスカは今度ばかりは心底驚き、一瞬頭の中が真っ白になった。どうして、ヒサシは気が付いたのだろうか。アスカは仕事柄、結婚指輪もしていなかったし、一度だって結婚しているなんて話はしなかった。
「どうして、わかったのか……。不思議かな?」
 ヒサシの微笑みがアスカを追い詰めていく。

小説「サークル○サークル」01-123. 「加速」

「お待たせ致しました」
 アスカが平静を装って、ヒサシの前にバーボンを置こうとした瞬間、ヒサシがアスカの手を握った。
「えっ……」
 驚いて、アスカはヒサシの顔を見る。ヒサシは笑顔を絶やさず、そのままじっとアスカを見つめた。
「そろそろ、私の相手をしてくれてもいいんじゃないかな?」
 ヒサシは余裕の笑みを浮かべ、アスカを見ていた。その笑顔を見て、彼女はヒサシに全て見透かされていることに気が付いた。
「なんのことでしょうか?」
 しかし、アスカも怯まず、笑顔で返す。この程度のことで怯んでいては、別れさせ屋の所長など務まらない。自分に言い聞かせるように、アスカは心の中で何度も大丈夫と唱えて、しっかりとヒサシの目を見据えた。
「駆け引きはやめにしない? 私は君に惹かれている。そして、君も私に惹かれている。違うかな?」
「……」
 アスカは何も言い返すことが出来なかった。気の利いた台詞も突き放す言葉も何も思い浮かばなかったのだ。ただ黙って、ヒサシの目を見た。今ここでそらしてしまっては、相手の思うツボだ。毅然とした態度を取らなければ、完全に相手のペースに持って行かれる。それだけは避けたかった。

小説「サークル○サークル」01-111~01-120「加速」まとめ読み

シンゴは久々にノートパソコンの電源を入れた。起動音が懐かしい。真っ暗な画面が点滅し、やがてパスワードの入力画面が出た。シンゴはパスワードを入力すると、メーラーを立ち上げる。読まれていないメールはゆうに百を超えていた。仕事関係者からのメールから読もうと、日付順から差出人順にメールを並べ替えた。けれど、いくらスクロールしても、仕事関係者からのメールは見当たらなかった。
「……こんなもんだよな……」
シンゴは溜め息をついて、シャットダウンもせずにノートパソコンを閉じようとした。いくらスクロールしたって、仕方がない。しかし、シンゴがノートパソコンを閉じようとしたその瞬間、見覚えのある名前が目に飛び込んできた。
「嘘……だろ……」
言葉が掠れ、自分の動揺にはたと気付く。画面にはシンゴが小説を書けなくさせた張本人の名前があった。
急速に速まっていく鼓動を落ち着けようともせず、シンゴは急いでその差出人からのメールをクリックした。

息を止めて、シンゴはメールの本文に目を通す。そこには相手の近況と仕事の依頼をしたいという内容が書かれていた。
「まさか……」
シンゴは信じられないといった面持ちで、再度メールに目を通した。何度読んでもメールには仕事の依頼について書かれていた。シンゴは高鳴る胸を落ち着けようと、席を立ち、コーヒーを淹れた。ミルクをたっぷり入れて、口をつける。そして、もう一度、画面を見た。そこには先程、二度読んだメールが表示されている。シンゴはマグカップをパソコンの隣に置くと、キーボードに手を伸ばした。
なんて書こうかなんて考えてはいなかった。けれど、書くべきことは一つしかない。仕事を請けたい、それだけだ。勿論、今のシンゴに小説が書けるのかなんてわからない。書こうとしても書けないかもしれない。けれど、いつまでも書けないと立ち止まっているわけにはいかないのも確かだ。
差出人の名前を見て、シンゴは大きく息を吐く。酸素が身体中を駆け巡るような気がした。呼吸を整えると、シンゴは元妻にメールを書き始めた。

「やけに機嫌がいいわね」
アスカはいつもよりどことなく、浮かれ気味の夫を目の前にして、訝しげに言った。
「そんなことないよ」
シンゴはそう言いながらも、自分の頬がにやつくのを感じていた。
「そう……」
アスカはシンゴが何かを隠していると思ったけれど、それ以上は追及しなかった。シンゴに限って、浮気なんて芸当は出来ないだろうし、きっとシンゴが喜ぶことなのだから、些細なことだろうと思ったのだ。
シンゴはアスカが追及してこないことに少しの物足りなさを感じたが、その反面、ほっとしていた。本当ならば、すぐにでも仕事の依頼が来たことをアスカに伝えたかったけれど、依頼が来ただけであって、その仕事が確定したわけではない。依頼があっても仕事の依頼が流れてしまうことがあるのも、この世界では珍しいことではなかった。流れてしまえば、ぬか喜びさせてしまうことになる。それはアスカにとっても、シンゴにとっても、良いことだとは思えなかった。シンゴは仕事が確定したら、アスカに報告しようと決めていた。

シンゴは浮かれながらも、アスカの様子をしっかりと観察していた。今日のアスカは特に浮き沈みはないように感じられた。帰ってきた時間を考えても、きっとターゲットと食事に行ったり、それ以上の関係を持ったりはしていないだろう。そう思って、胸を撫で下ろした。
シンゴにとって、女性はアスカだけであり、離婚なんてことになったら、精神的にも経済的にも困窮することは目に見えていた。何があっても、離婚は避けたい。困窮したくないのは勿論のことだが、離婚したくないのには他にも理由があった。
離婚をすれば、心も身体もボロボロになってしまう。まるで、使い古された雑巾のようにだ。あの何とも言えない心の奥底のもやもやとした感情は、失恋なんか足元にも及ばない程の破壊力を持っていた。そんな思いを味わうのは一度だけで十分だった。仕事柄、どんなことを経験しても無駄にはならない。経験が作品に繋がっていくし、経験したことを書けば、作品にリアリティが出てくる。だが、作家と言えど、人間だ。経験したくないことだってある。それがシンゴにとっての離婚だった。
離婚の原因は元妻の仕事にあった。彼女の仕事は編集者だった。しかも、担当していたのは、シンゴだ。彼女は、良き妻であり、良き編集者だった。けれど、そのことがシンゴを苦しめた。元妻はシンゴには勿体ないくらい出来た人だった。消極的なシンゴに対し、恋愛でも仕事でも積極的だったから、消極的なシンゴが恋愛をし、結婚出来たのは彼女のおかげだったとも言える。年上でしっかりしていて、シンゴは甘えっぱなしだった。無論、そこに原因などあるはずもなかった。原因はシンゴの心の持ちようだった。仕事でもプライベートでも、シンゴは担当編集者といると思ってしまっていたのだ。元妻がただの妻に戻る瞬間をシンゴは見つけられなかった。そうなってくると、プレッシャーしかない。そのプレッシャーを外で発散させれば良かったのかもしれないが、シンゴにはそんな器用なことは出来なかった。そのことがシンゴを兎に角苦しめた。自分の心が安らぐ場所がどこにもなく、結局、シンゴは悩んだ末、離婚という選択肢を選んだ。
そして、シンゴは作家として、機能しなくなった。

シンゴが作家として機能しなくなった理由は二つある。一つ目は優秀な編集者を失ったこと、二つ目は離婚のショックが思いの外、大きかったことだ。このどちらもが彼が作家として生きていくことを難しくさせた。作家はそれ単体で生きているわけではない。勿論、作品を書いている時は一人での作業だが、作品をチェックし、より良いものへと昇華させるには担当編集者の力が必要だ。一概には言えないが、担当編集者によって、良くも悪くもなる部分がある。本来なら、依存関係にはないものの、シンゴは自分の妻であるという身近な存在だった為に、いつしか通常の作家と担当編集者というだけの関係を越えすぎてしまっていた。精神的にかなり寄りかかっていた彼は離婚するまでそのことの大きさに気が付いてはいなかった。けれど、元妻は一切そのことについて触れることはなかった。内心、重く感じていたのかもしれない。それでも、シンゴへの愛情が途切れることはなかったから、じっと耐えていてくれたのかもしれない。なのに、シンゴは元妻に離婚を切り出した。元妻は最初頑なに別れたくないと言い、考え直してほしいとも言った。しかし、嫌だと言われれば言われる程、シンゴは別れたくなっていった。そうして、元妻の意見が聞きいれられることはなかった。

シンゴにとってはこれで肩の荷が下りて、清々しい生活が戻り、もっと小説に打ち込めると思っていた。けれど、実際は違った。全く書けなくなったのだ。こんなはずはない、そう思った。しかし、何度パソコンに向かっても、何も浮かばなかった。原因が良くわからなかったけれど、そう言った日々が長く続くにつれて、元妻の存在が自分にとってどれだけ大きな存在だったのかを知ることになった。勿論、元妻の代わりに新たな担当編集者が寄越されたが、元妻とは比べ物にならないくらいポンコツだった。元妻がいかに出来た担当編集者だったのかも同時に思い知り、どん底に落ちた気分を味わった。そこから、シンゴは小説を書けなくなった。小説が書けなくなったからと言って、仕事をしないわけにもいかない。生活をしていかなければならなかったから、コラムやエッセイなどの連載をいくつか掛け持ちし、生計を立てた。それだけではままならなかったが、幸いにもそれまでの著作の印税がシンゴの生活を助けてくれていた。テレビドラマとまではいかなかったが、運良く、ラジオドラマ化はされ、二次使用料も入ってきて生活に困ることはなかった。

やがて、アスカに知り合うけれど、その時はすでにシンゴはうだつのあがらない作家だった。それでも、彼女はシンゴを愛してくれたし、シンゴも彼女を愛していた。自分の仕事の状況を考えると不安しかなかったけれど、シンゴは意を決してプロポーズをし、めでたく彼はアスカと結婚出来ることとなった。しかし、不幸にもその数日後、持っていた数本の連載が改変期と共に全て消えてしまった。シンゴは仕事はなくなったものの、アスカと結婚していた為に生活が出来なくなるという非常事態を避けることが出来た。ただアスカにとっては災難だったとしか言いようがない。勿論、シンゴはそのことをとても申し訳なく思っていた。
けれど、不思議なものでそういった感覚と言うのは、日に日に麻痺してくる。その証拠にシンゴは小説を書かず、家事に勤しんでいた。家事のやりがいや楽しさに気付いたシンゴは、急激にのめり込んでいった。作家というよりは、主夫だ。シンゴの手の込んだ料理はその頃のなごりだった。
このままではいけない気持ちが全くなかったわけではない。いつだって、シンゴの心の片隅には危機感があった。だからこそ、彼は小説を書こうと何度も試みた。試みるだけで終わってしまったのは、彼にやる気がないのではなく、それが上手く実を結ばなかっただけだったのだ。

翌日、シンゴは小説を書く為にパソコンを開いた。まだ何を書いていいのかもわからない。書きたいこともない。ただ何もしないわけにはいかなかった。書けないなりに努力は必要だとも思った。ふいにシンゴは外付けHDDの一つのフォルダに目を止めた。「新しいフォルダ」と書かれているそれに見覚えがなかった。ダブルクリックをし、中身を表示させると、一つのワードファイルが入っていた。不思議に思って開けてみると、たった一文だけ、こう書かれていた。
『僕の奥さんは別れさせ屋で働いている――』
アスカが今回の仕事を始めて、様子がおかしくなった当初に書こうとした小説だった。
ユウキに話した話はあながち嘘ではなく、自分が書こうとしていたのを忘れているだけだったのだ。シンゴはなんだか嬉しくなった。数週間前の自分に思わず「でかした!」と言いたくもなった。
深呼吸をして、気持ちを落ち着けると、シンゴはパソコンに向かって、続きを書き始めた。

アスカは悩んでいた。マキコから依頼の再開を告げられたのは嬉しかったし、安心もした。けれど、どこかもやもやとした感情がお腹の下の方で渦巻いているのを感じていた。なんとも言えない嫌な感じだ。
煙草に火をつけ、くゆらす。吐き出した煙はしばし空気に滞留して、ふわりと消えた。机の上に足を上げ、天井を見上げる。浮かぶのはヒサシの顔だ。思わず、目を伏せた。自分の感情が上手くコントロール出来ないことに苛立ちを感じながらも、アスカにはどうすることも出来なかった。
ヒサシを不倫相手と別れさせるのが、アスカの仕事だ。けれど、別れさせれば、ヒサシはマキコの元に戻るだろう。子どもがいるのなら、尚更だ。アスカのつけいる隙はない。だいたい、アスカだって結婚をしていて、シンゴがいる。それでも、ヒサシに心惹かれてしまう自分に溜め息をついた。
理屈では割り切れない。だから、人は恋をするのだ、と誰かが言っていたのを思い出していた。

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小説「サークル○サークル」01-122. 「加速」

「いらっしゃいませ。もう今日は来られないのかと思っていました」
 アスカは少し頬を紅潮させ、ヒサシを見上げた。そんなアスカを見て、ヒサシは満足げに口元を綻ばせる。
「それは私が来るのが待ち遠しかったって、解釈してもいいのかな?」
 言われて、アスカはドキリとした。確かにヒサシの言葉の通りだったが、それを認めてしまってはいけないと思った。ヒサシとの接触はあくまで仕事だ。今の一言を認めることは、仕事ではなく、恋愛感情を認めることになる。勿論、今の一言を仕事として肯定することは出来る。けれど、すでに仕事ではなく、恋愛としてヒサシとの関係を築きかけているアスカにとっては、そのような肯定の仕方が一番難しかった。
 アスカはヒサシから視線を外し、躊躇いがちに口を開いた。
「えぇ」
 一瞬の間に計算し、答えを見つけ、アスカは返事をする。その答えには仕事以外の意味合いも含まれていた。
「それは嬉しいね」
「何になさいますか?」
「いつもので」
 アスカはいつものようにオーダーを取ると、マスターに告げた。マスターから渡されたバーボンをヒサシの元へと運ぶ手が微かに震えている。アスカはそんな自分に内心苦笑した。今更、恋くらいで緊張してしまうなんて、馬鹿みたいだと思った。


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