小説「サークル○サークル」01-316. 「加速」

「ごめん。もう行くね」
 アスカはケータイのディスプレイに視線を落とすと、そう言って、急いで出て行ってしまった。
 一体、アスカの行きたい場所とはどこなんだろう? とシンゴは思いながら、ゆっくりと閉まっていく玄関のドアを見つめていた。

 アスカは電話にかかってきた声を聞いて、驚いた。
「誰だかわかる?」
 その声にアスカは聞き覚えがあった。
――ヒサシだ。
 アスカはそう思うと、息が止まりそうだった。
「どうして、この番号を?」
 アスカは声をひそめて話した。マンションの廊下は意外に声が響くからだ。
「名刺」声は淡々と言った。
「名刺……?」
 鸚鵡返しに問うて、それがどういう意味なのかに気が付いた。
 レナだ。レナの持っているアスカの名刺をヒサシは見たのだ。
 しかし、それが事実だったとしても、アスカはヒサシが名刺を見た理由を敢えて自分では口にしなかった。場合によっては、カマカケの可能性もあるからだ。
「わからない? いや、君のことだ。ホントのことがわかっていて、黙っているね」
 ヒサシは自分より上手かもしれない、とアスカは思った。
「なんのことだか、さっぱり」
「白を切るつもりなのか……。まぁ、いい。取り敢えず、いつものバーで待ってる」
 そう言って、電話は切れた。


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