小説「サークル○サークル」01-199. 「加速」

 パソコンに向かっている時は余計なことを考えずに済む。沸き出て来る言葉を打ち込み、並べていき、時折、読み返しては、その並び順を変えた。
 だから、小説を書いている時だけは、心穏やかになれるんだと思っていた。
 けれど、本当に書くということは、そういうことではない、ということをシンゴは知ってしまった。
 自分の傷を見て、抉り、目をそらしたい事実を直視し、その事実から与えられる悲しみや憤りに打ちのめされるのではなく、言葉に変換していくことが書くことだったのだ。
 シンゴはそうした現実に翻弄されながらも、小説を書き進めた。彼には今は書くことしか出来なかったし、一人でアスカの浮気にやきもきしているよりは、いくらか気が紛れた。
 シンゴはパソコンの画面を見つめながら、休むことなく、手を動かした。見る見るうちに画面が文字で埋まっていく。その光景を見ながら、シンゴは少しだけ安心していた。
 それは自分が悲しみに翻弄されるだけでなく、言葉に置き換えられる、という事実を目の当たりにしたからだった。


dummy dummy dummy