穏やかな朝だった。
アスカの焼いてくれた鮭は美味しかったし、小松菜のおひたしもほっとする味だった。
こうして、自分の幸せが少しずつ形成されていくに従って、シンゴはこの幸せがいかに不安定なものなのかを考えた。
アスカとターゲットが続いていれば、この幸せはいずれあっという間に姿を消してしまうだろう。
こんなにも落ち着かない気持ちでいるのは、精神衛生上良くないな、と味噌汁を啜りながらシンゴは思う。
だったら、一層のこと、アスカのケータイを見てしまおうか、とも考える。そうすれば、白か黒かはっきりして、このもやのかかったような生活とはさよなら出来る。
白であれば平穏に、しかし、黒であれば、地獄が待っているような気さえした。
シンゴは思い悩む。ふとシュレディンガーの猫の話を思い出した。
箱の中に猫が入っている。開ける前は猫が生きているのか死んでいるのか、確率は50/50(フィフティー・フィフティー)だ。けれど、箱を開けてしまえば、0か100しかない。
今の状況はそれに似ているとシンゴは思った。
朝は規則正しくやってきて、シンゴの眠りを妨げた。窓の隙間から入ってくる朝陽にシンゴは目を細め、むくりと起き上がる。すでにアスカの姿はなかった。
リビングへ行くと、テーブルの上に朝食が用意されていた。こんなことは初めてで、シンゴは思わず二度見する。
キッチンパラソルの横にはメモが置いてあった。
“おはよう。仕事に行ってきます。朝ご飯作ったから食べてね。お味噌汁とご飯は自分で入れて下さい”
端正な字で書かれた文字をシンゴは二度読んだ。なんだか、メモに書かれていることが信じられなかったのだ。
そっとキッチンパラソルを開けると、そこには焼き鮭と小松菜のおひたしがあった。箸置きに置かれた箸の横には、味噌汁を入れる器と茶碗も伏せて置いてある。
シンゴはキッチンパラソルを元に戻すと、顔を洗いに洗面所へと向かった。
顔を冷たい水で洗い、鏡に映る自分を見て、溜め息をつく。冴えない顔だな、と思った。
そそくさと洗面所を後にすると、シンゴはキッチンパラソルの中から、味噌汁を入れる器と茶碗を取り出した。味噌汁の入った鍋を火にかけ、その間に茶碗にご飯をよそう。
味噌汁が温まったのを確認すると、シンゴは器に入れ、席へと着いた。
記憶は時に邪魔になる。忘れたいことですら、心の中のどこかに残っていて、ふいに過っては感情を逆撫でていく。
記憶は感情と直結しているのだということを意識するのはそういう時だ。
そして、それは小説を書いている時によく訪れる。
その度にシンゴは溜め息をついた。
イライラしたり、落ち込んだり、そういう自分に呆れてしまう。
記憶に対して一喜一憂するのはナンセンスだし、振り回される自分の弱さにもうんざりする。
シンゴはタイプする手を止めて、椅子にもたれた。椅子は軋み、少しだけ後ろにたわんだ。
少し離れたところから、パソコンの画面を見つめると、真っ白な画面に並んだ黒い文字が何かの模様に見えた。自分が書かなければ、画面は白いままだ。白い画面の上に自分が紡ぎ出す言葉が意味をなしていくのは、なんとも言えない喜びだった。
けれど、その喜びの為に自分は過去の出来事にもう一度傷ついたり、悩んだりしている。
その矛盾にシンゴは再び大きな溜め息をついた。
今日はあまり仕事が進まないらしい。
きっとアスカとターゲットのことが頭をもたげている所為だ。
シンゴはパソコンを閉めると、席を立った。
――“出会うのが遅かっただけ”
不倫を正当化するのによく使われるフレーズだ。
確かにそういうこともあるかもしれない。だとしても、やはり、きちんと離婚してから、向き合うべきだとシンゴは思う。そうでなければ、先に結婚した方がバカみたいではないか。
そして、奪われれば執着する。去られるよりもずっと。
シンゴはそこまで考えて、自分の考えを鼻で笑った。
自分がアスカに別れを切り出さないのは、アスカを愛しているからという理由が一番ではない。誰かに取られようとしているからだ、と気が付いたのだ。奪われそうになると惜しくなる。奪われるくらいなら、手放したくない。人間の人を愛するという思考はもしかしたらその程度なのかもしれない。
そんなことを考えながら、シンゴは尾行していた時に見たアスカとターゲットの姿を思い出していた。
あの二人は今、どんな関係でいるのだろう。
不倫をしているのだろうか。それとも、やはりアスカの仕事の邪魔になるから別れたのだろうか。それとも、何度か関係を重ねただけだろうか。
シンゴは色々な可能性を考えた後、考えるのをやめた。
溜め息をつき、気持ちをリセットすると、シンゴは再び文字を打ち始めた。
こんにちは☆
Hayamiです。
今月始まった頃は寒いな~とか思ってたはずなのに、
もうすでに春真っ盛り!
来週、友達と桜を見に行く約束をしていますが、散らずにいてくれるか、
ちょっぴり不安です。
今年、桜を見るのは飯田橋!
大学時代は当たり前に見ていた桜をわざわざ見に行く不思議。
大学卒業してから、もう7年くらい経つんだなぁって思うと年を取ったのも納得ですね(笑)
皆さんもぜひぜひ桜を愛でて下さいね☆
≪お知らせ≫
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≪番外編のお知らせ≫
番外編「ドライフルーツ・シンキング~マンゴーな過去に~」はもう読んでいただけたで
しょうか?
作家のシンゴの視点で語られるアスカとのなれ初めや、
シンゴが考えていることを物書きとして描いている、というお話です。
全10回となっておりますので、ぜひこちらも併せてご覧下さい☆
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次回もよろしくお願い致します☆