小説「サークル○サークル」01-143. 「加速」

「おかえり」
 シンゴが家に帰ったのは、夕方になってからだった。アスカが笑顔で出迎えてくれたことに驚きを隠せなかった。妻の笑顔を見たのは、いつ振りだろうとさえ思った。
「ただいま」
 上手く微笑めないまま、シンゴはアスカに言うと、コートを脱ぎ、手洗いとうがいの為に洗面所へと向かった。うがいをしながら、動揺している気持ちを落ち着かせようとする。けれど、浮気をしている妻を相手に平静に装える程、シンゴは大人でもなかったし、冷静でもなかった。
 深呼吸を何度かすると、リビングへと向かう。リビングに入ると、シチューのいい匂いが鼻先をくすぐった。
 キッチンに目をやると、珍しく、アスカが料理をしていた。思わず、シンゴは自分の目を疑う。
「私が料理なんてしてるから、びっくりした?」
 アスカはシンゴの視線に気が付き、振り向きざまに言った。
「どうしたの……?」
「どうしたのって、あなたが小説の仕事を再開した以上、私も家事をやらなきゃいけないと思ったのよ。幸い、今日は午前中に仕事を片付けてこられたから、夕飯の支度も出来るし」
「そうだったんだ……」
「もうすぐ出来るから、テレビでも観て待ってて」
「うん、ありがとう」
 シンゴはもやもやした気持ちを抱えながら、アスカに言われるまま、ソファに腰を下ろした。


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