小説「サークル○サークル」01-78. 「動揺」

 ヒサシは珍しくバーボンを頼んだ。アスカはオーダーされたバーボンとミックスナッツを持って、ヒサシの元へと行く。ヒサシのところにオーダーの品を持って行くだけなのに、ドキドキする自分に内心苦笑した。これではまるで片思いをしている中学生のようではないか。
 ヒサシの前に着くと、アスカはオーダーの品をテーブルの上に置いた。
「バーボンとミックスナッツでございます」
 アスカの姿を見て、ヒサシは笑みを零した。瞬間、アスカは胸の奥がきゅんとしたことに驚いた。完全に自分がヒサシに気持ちを奪われていることに気が付いた瞬間だった。
「今日は一人なんだ」
 訊いてもいないのにヒサシは言った。
「そうなんですね」
「今、珍しいと思ったでしょう?」
「はい」
 アスカは素直に答えた。今更、ヒサシになんの遠慮がいると言うのだろう。嫌という程、ヒサシが違う女を連れて来ていたのを見ていたのだ。
「たまには一人で飲みたくなることもあるんですよ」
 ヒサシは言って、苦笑する。伏し目がちの目に何だか哀愁まで感じてしまうから不思議だ。完全にヒサシに心を奪われているのだ、とアスカは思った。どこか冷静でいられるのは、彼女がヒサシとの接触は仕事の一環だという自覚をしているからに他ならない。けれど、いつか仕事だというこの自覚を飛び越えてしまいそうなことに、アスカは不安を感じていた。

「サシアイ」7話

 珍しい麹を使った日本酒だの、歴史上の人物が醸造した焼酎だの、果ては酒瓶自体が年代物の陶磁だの、珍しい酒の噂を耳にすれば、東西南北、何処へでも向かった。
 槇村に試飲会で勝利する━プライドと嫉妬、伴う知識探究への喜び、様々な要素が相まって、いまや俺の生活はそれだけに占められていた。
 自然と大学は休みがちになり、この一ヶ月は顔も出していない。
 今日等、同じ学科の友人が心配し、電話をよこしてくれた。
「おい、どうして大学来ないんだよ!
 このままじゃ単位が足りなくなるの、分かってんだろ!?」
「いや、心配させて悪いな。ちょっと調べ物が忙しくってさ」
「調べ物?
 論文か何か、か? なんなら協力するぜ?」
「ああ、うん、そうだな。
 お前さ、何か珍しい酒とか、うまい酒とか知らないか?」
 絶句に次いでの深いため息。俺の酒好きを知っているせいもあり、さすがに友人は呆れたらしい。
 そのまま電話を叩き切ろうとするのを慌てて止める。ひとつだけ確認したい事があったのだ。
「時に槇村━槇村卓はどうしてる?」
「ああ、お前と同様にずっと休んでるよ。
 休みの時期が完全に被っているもんだから、お前らおかしな仲なんじゃないかと疑われてるぜ」
 予想通りだ。試飲会では余裕を見せてはいるが、既に槇村もネタ切れに違いない。俺と同様、全国を駆けずり回って、奇酒を求めているのだろう。


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