小説「サークル○サークル」01-81. 「動揺」

「そうだなぁ……。落ち着いているから、既婚者なのかな、と思ったけれど、若そうだし、独身かな?」
 ヒサシは然して悩んだ様子もなく、さらりと答えた。
「えぇ、そうなんです」
 アスカはあっさりとヒサシの言葉を肯定した。
 それが良かったのか悪かったのか、アスカにはわからない。けれど、仕事を遂行しているという点では正解だと思った。少なくとも、これでヒサシが自分を浮気相手の一人にする可能性は上がった、さすがのヒサシも既婚者をターゲットにすることはないだろう、と踏んだのだ。アスカは次に言うべき、適当な言葉を探していたけれど、見つけることが出来ずにいた。ヒサシが口を開こうとした瞬間、遠くの席からアスカを呼ぶマスターの声が聞こえた。
「すみません、失礼します」
 アスカは会釈をし、ヒサシの元を後にする。内心、そっと胸を撫で下ろした。あのまま、あの場にいては、きっと何かしらボロを出していたに違いない。アスカはマスターの指示従い、別の客に食事を運ぶ。そんなアスカの姿をヒサシはじっと見据えていた。

「サシアイ」13話

果たして、照らし出されたダイニングテーブル上の酒瓶の中には、正体不明の肉片が沈んでいる。それが何の肉なのか、どこで入手したものなのか、問い質してみる気にはとてもなれなかった。いや、軽い嘔吐感がこみ上げていたので、出来なかったというのが正しいかもしれない。
「野良犬でもと思ったんだけど……。
 なんというか、飼い犬を間違える可能性を鑑みると、ひと様に迷惑をかけるのは良くないかな、と思ってね」
淡々と答える槇村は、笑っているような、悲しんでいるような、奇妙な表情を浮かべていた。その場にへたり込んだ俺の顔を覗いてくる。
「さあ、ここまでやったんだ━僕の勝ちだよね?」
そう言って詰め寄る槇村の瞳には、狂気の陰りが見て取れた。そして槇村の報告を鑑みれば、恐らく俺の瞳にも同種のものが宿りつつあるのだろう。
まずい。この流れはまずい。
負けたと言え━このまま付き合えば、俺も槇村も……。
胸中、冷静に叫ぶ俺がいる一方、自分だけが置いていかれる恐怖、それを完全に払拭する好機だと囁く何者かもいた。
また同じスタートラインに立つために避けては通れない、そんな啓示が痺れた頭蓋に鳴り響く。
やがて、俺の唇は、別の意思を持ったかの様に蠢き、細く震える声を漏らした。
「常識の範疇だな……」


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