「サシアイ」10話

 大学から帰宅してポストを覗くと、衛星放送テレビの機関紙が投函されていた。
 普段ならそのままゴミ箱に直行なのだが、表紙にコミカルなイラスト文字で描かれた“酒”の一字に引っかかり、ぱらぱらと捲ってみた。
 記事を読み始めて直ぐ、俺は息を飲んだ。進新気鋭な酒の評論家として槇村が紹介されていたのだ。
 しかも、CSとはいえ、テレビ出演の予定も掲載されている。
(槇村のヤツ……)
友人の誉れを讃えたい気持ちは微塵も無い。イケメンはいいよなぁとおどける余裕もない。
言い様のない怒りと寂しさ、敗北感で胸がいっぱいになり、俺は機関誌を丸めて地面に叩きつけた。
確かに肝胆相照らすという仲ではなかっただろうが、共通の趣味を持つ者として黙っていられた事に腹が立った。
そして、槇村の知識には俺が教えたものも少なからず存在するはずという自負が、その感情を延焼させていく。
俺は昂る気持ちに任せて、CSテレビのクレーム受付に電話をかけてしまった。
それが八当たりでしかない事は、憤懣の最中でも判断が出来ていた。それでも抑えきれなかったのは、このままでは自分だけが置いていかれるという恐怖にも似た寂しさのためだった。
(あるいは、試飲会で打ち負かせば……)
それで槇村が自らの未熟を悟って評論家を辞退する? 我ながら夢想の範疇と思わざるを得ない。
それでも俺は更に深く酒選びに没頭するのを抑える事が出来なかった。
睡眠時間は更に短くなった。


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