小説「サークル○サークル」01-77. 「動揺」

 アスカは今日も事務所に寄った後、バーに来ていた。アルバイトは今も続けている。マキコに調査の停止を求められてからすでに二週間が過ぎていた。時間が過ぎるのはとてつもなく早い。その間、シンゴとは言葉を交わすことが増えたけれど、特に大きな変化はなかった。相変わらず、男として見ることが難しく、ただの同居人と化していた。もしかしたら、彼が仕事に意欲を見せ、彼の収入がアスカの収入を上回ったり、活き活きとした表情を見せるようになれば、少しはこの状況も改善されるのではないか、と思っていたけれど、シンゴにその様子は微塵も見えない。主婦業は完璧だったが、それだけだった。その点、今目の前にいるヒサシは魅力的だった。今日は珍しく一人で飲みに来ている。きっとここで待ち合わせをしているのだろう。少し遅れて、またいつものようにキレイな女の子が来るに違いない。そして、彼はその女の子とホテルへ消えていくのだ。
 そんなことを思っている自分にアスカはうんざりした。最近の自分は色恋のことばかり考えている。仕事に精が入っていないようにさえ思えた。

「サシアイ」5話

「どうだ? 変わった味だろう?
 深い甘みがある半面、成熟過程での酸味もまったく失われていない」
「…………」
「プラティーヌは傷みやすい品種らしく、農薬も受け付けない。
 収穫できるようになるまでにはかなりの手間がかかるんだ。そいつをふんだんに使って蒸留した酒だからな。
 なかなか手に入らんのよ」
「確かに、面白いな。
 鼻に抜けるような芳醇さがあり、それでいて癖が無く飲みやすい……、まあ、うまいよ」
 いつもの穏やかな笑みを浮かべたつもりなのだろうが、槇村のそれは口角の筋肉を歪める程度に留まった。
 どうやら平素の自信をいささかなりとも傷つけられたようだな。
「それで? お前も酒を出せよ」
 俺はここぞとばかりに畳みかける。
 自然と声が大きくなっているのが分かった。
 応じて槇村が取り出したのは茶色の大瓶━底の部分で何かが“とぐろ”を巻いている。
「おいおい、ハブ酒かよ。
 まあ、意外ではあったけど、別段、珍しくはないぜ」
 奇を衒うとは槇村らしくもない━今日の勝利を確信し、俺は内心ほくそ笑んだ。
「そのハブをよく見てよ」
 そう促され、俺は酒に浸けられた瓶底のハブを凝視した。


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