「サシアイ」14話
ナイフの切っ先が震えている。
罪の無い動物を傷つける悲しみや辛さは、まともな神経を持った現代人であれば、誰でも持っているはずだ。しかも享楽を目的に━作業中、俺は何度も涙を拭った。
「ははは、槇村か?
俺も珍しい酒を手に入れたぞ。今から試飲会をやろうぜ」
ここまでやったんだ、俺の勝ちでなければ困る━それは強迫観念に近い。言わば思い込み、捏造された安堵感に自然と笑いが込み上げた。
「……珍しい、酒?」
電話口の向こうから、槇村の不安げな声が聞こえてくる。
「ああ、猫の心臓を酒に浸けた“猫肝酒”っていう薬種だ。滅多に手に入らない珍品だぜ」
そんなものは世界中どこにもなかった。たった今、俺の手で生み出されたオリジナルだ。
「ははは、それは珍しいね。あはは、酷い奴だな、君も━」
「ああ、そうとも。
どうだ? あはは、俺の勝ちだろう?」
すがる様な思いで携帯電話を耳に押し付ける。じっと槇村の返答を待った。
「うふふ、どうかな。僕なら、もっと珍しい酒を入手できるけどね━」
明るく笑いながらも、槇村の声音は震えていた。対する俺は悲鳴に近いトーンで、判定に不服を申し立てる。
「いやいや、俺の勝ちのはずだ!
なぁ、槇村、そうだろう!? これは俺の勝ちだぜ!」
「まだだよ。
勝手に決めないでよ、僕はまだできる……」
「駄目だ、俺の勝ちだ! 頼む、槇村、そうだろう!?」
「あはは、楽しみにしていてよ」
無情にも通話と共に俺達の精神の糸が断ち切られた。